桜さくら堂

いらっしゃいませ! 今日もあなたのために、とっておきのお話をご用意しました。

横須賀ドブ板ストリート・ストーリー ⑫

「やめろ」

 ひどい濁声がしたのは、エンディングの少し手前だった。それを無視して、弾き続けた。

「おい、聴こえねえのか?」

「ちょっとあんた達、待ちなさい」

 マリアさんが制止した。それを振り切って、どやどやと複数の足音が近づいてきた。先頭の月面と見まがう顔は、横山だった。鼻のピアスが、ホクロのように見えた。

「静かにしろ」

 横山の真後ろから、やけに冷静でトーンの低い声がひびいた。全ての影が、ピタッと止まった。

「そうですよ、池尻さん。こいつはまるっきりうるさいッスよね。もうこいつには、主なるイエスしかないスよ」

 横山が上目づかいで言った。

「あら、あんたたち、クリスチャンだったの?」

 いつかの謙太郎のセリフを、マリアさんがそっくりくり返した。謙太郎がふき出した。

「あっあ~~、もうダメだ。これでもうあやまったって、ぜってえ許されないぜ。アーメ……」

 そこでぷっつりと、横山の声が途切れた。横山は池尻の強烈なアッパーをくらって、その場に仰向けに倒れた。

「お前だよ、うるさいのは」

 床にのびている横山に向かって、池尻が冷ややかに言った。それから謙太郎には、

「ありがとうございました」

と、深々と頭を下げた。その不可解な行動に謙太郎がとまどっていると、

「杉村さんのことです」

 池尻はまっすぐ謙太郎を見て言った。

「べつに。杉村さんはおまえの彼女ってわけでもないんだろ」

「まあな」

「だったら、礼を言われるスジでもないし」

 周りがざわっとした。

「けど、オレとしては言っておきたかったんだ」

 そのひたむきな目を見て、こいつ、わりといい奴かもしれないと思った。

 しかし、よく見れば、その視線は謙太郎からわずかにズレている。その視線の先をたどっていくと、そこには達良が使っていたドラム・セットがあった。

「広尾達良さんが使っていたドラムだよ」

「ええっ、マジ?」

 常に冷静沈着という池尻が、うわずった声をあげた。

「知ってんの?」

「そりゃあ、ドラマー界のレジェンドですから」

――やっぱりそうだったんだ。ただのオッサンにしか見えなかったけどな。

 池尻はドラムセットをためつすがめつ眺めていたが、いつの間にかちゃっかりとドラムのイスに座っていた。しかも自分のバッグから、マイ・スティックまで取り出してかまえている。

「ありゃりゃ~~」

 まただ。池尻が目を丸くしている。池尻って、こういうキャラだっけ。

「どうしたの?」

「これ、セカンドタムが無いよ」

「ジャズは――」

 謙太郎は指先で、ライドシンバルを軽くつついた。

「これでリズムを刻むんだよ」

「へえ~~」 その直後に、池尻のスティックがしなった。強く正確なリズムが、シンバルで刻まれていった。

――さすがだ。一発で決めやがった。

「いいなあ、これ」 池尻は一目惚れした女子を見つめるような眼差しで、じいっとバス・ドラムの辺りを見て言った。

「お願いだ、北見サマ」

「サマ??」

「オレもメンバーにしてよ」

「はあ⤴」

「池尻さん、何言ってるんですか?」

 謙太郎が言おうとしたセリフを、池尻の取り巻き連中が先に言った。

「パラダイスはどうなっちゃうんですかぁ?」

「解散だ!」

「ええ――っ、そんな」

「池尻さ~~ん、目覚ましてくださいよお」

 パラダイスのメンバーが、口々に言った。

「うるさいぞ、お前ら。とっとと失せろ、さもないと」

 池尻の凄みのある一喝で、パラダイスのメンバーは蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。ウシガエルのような腹を突き出して、床にのびている横山だけを残して。

 池尻はあこがれの眼差しで、

「いいなあ、このドラム~~」

 ドラムをなでながら言った。

「そっちかよ?」

「あれ、オレ、いつ達良さんがいいって言った? いや、いいよ。それは認める。けど、オレだって、いや、オレこそ、次はぜってー、ナンバー1になる。な。ってことで、じゃあ、ヨロシク」

 パシパシとシンバルを叩きながら、池尻が言った。

「待てよ、まだおれ、OKしてないよ」

「あら、いいんじゃないの。男前だし、人気が出るわよ」

 マリアさんが、池尻のルックスだけを見て賛成した。

――やれやれ。

「勝手にしろよ」

 それを聞いて、池尻がにま~~っと笑った。

 謙太郎は再びピアノに向かい、もう一度さっきの曲をくり返した。それに合わせて池尻が勝手にリズムを刻み始めている。

 その時、ビギン&ビギンの扉が開いて、また誰かが入ってきた気配がした。謙太郎はなぜが、心がワクワクと弾むのを感じていた。

                               ―了―

 

※ 作者 YuYu(ゆゆ)談:『横須賀ドブ板・ストリート・ストーリー」お楽しみいただけたでしょうか? 

この話は一旦ここでおしまいとなります。ちなみに作者は、公益社団法人 日本文藝家協会 著作権管理部 に著作権管理委託しております。