桜さくら堂

いらっしゃいませ! 今日もあなたのために、とっておきのお話をご用意しました。

★ シロクマの星 ☆彡 

 今日はクリスマス・イヴなので、

桜さくら堂を訪れてくださったみなさんに、

YUYU作のお話をプレゼントしますね。

どうぞ、お楽しみください。

 

 

 f:id:sakurado:20191224095653j:plain      ★ シロクマの星 ☆彡

                              YUYU

 満天の星がきらめく北極の雪の原に、シロクマ家がありました。降りつもった雪山を掘っただけのそまつな穴に、シロクマはたった一頭で住んでいました。

 シロクマは、もうすっかり大きな熊になっていましたが、心はまだ子供のままでした。雪の原は見渡すかぎりまっ白で、小高い山も白く、はるか遠くに見える海も凍りついて、やっぱり白いのでした。

 そして、時たま北風が、プュルルウ~~とトランペットのような音を鳴らして、通り過ぎていくのでした。シロクマはこの音を聞くと、北風が空から降りてきて、自分の体の中のずうっと奥まで入り込んで、吹いているような、そんな気持ちになるのでした。

 北風が一晩中、びゅうびゅうと吹き荒れた翌朝のことでした。その日は風が、ぴたっと止んでいました。シロクマが重たい戸口を開けて外に出てみると、きのうはなかった小さな雪の丘ができていました。さらにうれしいことに、その丘の上に一羽の小鳥がいたのでした。

「シロクマさん、おはよう」

 小鳥は、歌うように言いました。シロクマは、ますますうれしくなりました。なにしろ誰かと話をしたことなんて、もう何年もなかったのですから。

シロクマは、『やあ、小鳥さん』と言おうとしたのですが、口から出たのは、

「あう、あう、うー、うー」

と、ひどくしゃがれた恐ろしい声でした。

 小鳥はおどろいて、パッと飛び立ちました。

「待って」

 シロクマはあわてて自分の口を、両手でふさぎました。

「ごめんよ、ぼく、ずうっと、誰とも口をきかなかったからね」

 ふさいだ指のすき間から、かすれた声が出ました。

「ふうん」

 小鳥は、また降りてきて、シロクマの肩に止まりました。

「さびしかったんだね」

 小鳥が言いました。

「え、なに?」

 さびしいって、どういうことかシロクマにはわかりませんでした。ずうっと前には、父さんクマや母さんクマも、いっしょにこの家にいたのです。それから兄さんクマや姉さんクマもいたのでした。それがいつの間にか、ひとりずつ帰って来なくなって、今はひとりぼっちで暮らしていたのです。家族が一人いなくなるたびに、氷のような風が体の中まで吹いてきたものです。もしかして、さびしいっていうのはそのことだろうか、とシロクマは考えました。

「それはね、幸せじゃないってことだよ」

 小鳥が言いました。

「幸せって、なに? それって、おいしいの?」

 すると小鳥は、小首をかしげて言いました。

「食べ物じゃないんだよ。だけど、体の芯まで温ったかくなるんだ」

「ふうん、体の中まで、温ったかくなるのかぁ」

 もしも、北風が体の中まで入ってこなくなったら、どんなにいいだろうとシロクマは思いました。

 小鳥は西の空があかね色に染まって、一番星が輝くころになると、もう行かなくちゃ、と空を見上げました。小鳥は渡り鳥だったのです。日が暮れるまでに、仲間がいる岬まで行かなければなりません。

「幸せって、あの星をつかまえるようなものさ」

 小鳥は星の方へ向かって、風のように飛んでいきました。

 シロクマは小鳥を、いつまでも見送っていました。小鳥が空の中にまぎれて見えなくなると、今度は一番星を見つめました。

 じいっと見ているうちに、空はだんだん暗くなって、いつしか一番星の周りに、いくつもの星がキラキラと輝き出しました。シロクマは星をめがけて走ったり、飛び上がったり、立ち上がって手をのばしたりしてみました。でも、どうやったって、星には手がとどきません。やがてシロクマは、雪の原の真ん中にぺたりと座り込んで、ふうっとため息をつきました。

「幸せって、なんだか、ずいぶん遠いんだなあ。ぼくには、つかめそうにもないや」

 ただ、それからというもの、シロクマは毎晩、毎晩、星を見つめて過ごすようになりました。雪山を細長くほった先に、ほんの少しだけ広くなった穴があって、そこがシロクマの家でした。その天井に大きな穴をあけて、そこから星をながめながら、シロクマは眠りにつくのでした。吹雪の晩には、丸まったシロクマの背中の上に、ぞくっとした冷たい風が吹き込んできましたが、それでもがまんしました。

 ちょうど千日たった夜に、星が一つ、ツーーッと流れました。星はキラキラと光りながら、北極の海に落ちていきました。

「星だ」

 シロクマは家から飛び出ると、まっしぐらに星めがけて走っていきました。遠くから見ると、それはまるで、白い弾丸のようでした。シロクマはいちもくさんに海の縁までくると、そのままザブンと氷の海へ飛び込みました。確かに星は、この海の中に落ちたはずなのです。

 冷たい氷のまざった海を、シロクマは下へ下へと、ぐんぐん泳いでいきました。やがて深くて暗い海の底につくと、白い砂の上に一つ、ボワッと光る小さな光がありました。

「あった!」

 シロクマは、うれしくなりました。それはちょうど、小鳥に出会った日のようでもあったし、昔いっしょに暮していた母さんクマの笑顔を見つけたような感じでもありました。

「やっと見つけたぞ」

 シロクマは星をつかまえると、口の中に入れました。そうして、リスがクルミをほおばったまま森の中を走りまわるように、シロクマは星を飲み込まないように気をつけながら、水面をめざして上へ上へと水をかいでいきました。

 陸地に上がったシロクマは、海水といっしょに星を吐き出しました。

「ごほっ、ごほっ、ああ~~、苦しかった」

 つぎにぶるっと身体をゆすって海水をまき散らすと、また星を大事そうにくわえて、穴ぐらの家へともどっていきました。

 シロクマは星を、そろっと枕もとに置きました。そこには、昔、父さんクマが残していった足あとが凍ったまま、今も残っていたのです。母さんクマがいたところには、大きくて丸いお尻の形の穴が残っていました。

 シロクマは星をしみじみと見つめながら、

「ぼくはこれで、きっと幸せになれる」

と、思いました。

 シロクマが幸せな夢をみながら眠りについたあとも、星はまだ眠っていませんでした。星は小さな体から、塩からい涙を流しながら、一晩中泣いていたのです。

 朝になって目が覚めると、すぐにシロクマは枕もとを見ました。そこに昨晩、眠りにつく前に置いた星がそのままあるのを見つけると、ほっとしました。

「ああ、よかった。夢じゃなかったんだね」

 それから、星に話しかけました。

「おはよう、星さん」

「……」

 けれども、星は何も言いません。

「ぼく、ほんとに、幸せになれるかなあ?」

「……」

「ねえ、星さん……」

 星は、だまったままでした。返事がないってことは、なんとなくわかっていました。夜空の星が返事をくれたことなんて、今までいっぺんだってなかったのですから。星はいつだって空の上で、だまって光っているだけでした。

 そこでシロクマは、今度はのそりと立ち上がって、星をまじまじと見ました。それから、鼻をつけてくんくんと匂いをかぎました。匂いをかぐのは、シロクマのくせでした。星はなんだか心がおどるような匂いで、シロクマのほおがゆるみました。

「ああっ、食べないで。あたし、……星なんかじゃない」

 星が言いました。

 星が口をきいたことにぎょっとしましたが、それよりも、もっと驚いたのは、

「ええっ、星じゃないって」

 シロクマが、ほえるように言いました。

 やがて、天井から朝陽がさしていました。きのうはまっ暗だったシロクマの穴は、すみからすみまで光があたって、明るくなっていました。すると星にも光が当たって、急にキラキラとまぶしく輝くようになりました。

「うそをついちゃだめだよ。やっぱり、きみは星だよ」

 シロクマは目を細めながら、言いました。

「あっ、そうだ」

 ふとシロクマは、いいことを思いつきました。

 遠い昔、お客さんがきた時には、母さんクマがお茶や食べ物を出して、おもてなしをしていたのです。

『ぼくも、おもてなしをしよう』

 何のおもてなしもしないで、いきなりこっちだけ幸せをくださいなんて、とても失礼なことだろうと、シロクマは思いました。

 そこでシロクマは、穴のすみにとっておいたまっ白いパンを、大きな貝のお皿にのせました。パンの中には甘いアンが入っていて、とてもおいしいのです。これは特別の日に食べようと、一つだけ残しておいた物でした。

 シロクマがお茶といっしょに白いパンを出すと、星はしばらくそれを見つめていましたが、

「あなた、いいシロクマなのね」

 ぽそっと、星がつぶやきました。

「あたし、パンは食べないの。だけど、そのかわりに、海の水を、あたしにかけて。海の水がないと、あたしは生きていけないの」

「ふうん……」

 なんとなくシロクマは、星にしてはどうやらおかしなことだなと思いました。

「いいよ」

 シロクマは海へ向かって走りました。昨晩は星を追いかけて、いっしょうけんめいだったからわかりませんでしたが、今こうして走ってみると、海はずいぶんと遠かったのでした。

 シロクマが走って走って、海に着いたのは、太陽がま上になったころでした。シロクマは、くわえてきたほら貝に海水をくむと、また、もと来た道をもどっていきました。

 やっと家について、くんできた海の水を星にかけてやると、シロクマはすっかりくたびれて、ぺたりと座り込んでしまいました。もう辺りはすっかり、夕暮れになっていました。

「ありがとう」

 星が言いました。

 それを聞いて、シロクマの心の中が、ほんのりと温かくなりました。

「こんな気持ち、ひさしぶりだな」

『やっぱり、星かもしれない。だって、こんなふうに、体の中があたたかくなるんだもの』

 そんなことを思いながら、シロクマは眠りにつきました。それからというもの、シロクマは、目が覚めるとまだ空が暗いうちから、海へ向かって歩き出すのでした。そうすれば、まだ明るいうちに、海の水を持って帰ってこられるからです。早く帰ってくれば、それだけたくさん、星と話ができました。シロクマにとって、それは新しい家族ができたような、わくわくした気持ちになるのでした。

 ところが、そうやって暮らすうちに、星のようすが少しずつ変わっていきました。星はシロクマとはうらはらに、だんだん元気がなくなっていきました。そうして、なんだか日を追うごとに、やせ細っていくようでした。それに最近では、朝も夜もあまり光らなくなったような気がします。そういえば、物言わぬ日も多くなりました。

「星さん、最近どうしたんだい? どこか、ぐあいが悪いの?」

 たまりかねて、シロクマがたずねました。

「いいえ、あたし、ずうっと、そうだったの」

「ええっ」

「あたし、海の星なの。ほんとうは、海の中にいなくちゃならないの。陸地では、もう、これ以上、生きていけないわ」

 星は、息もたえだえに言いました。

「星が、海の中にもあったなんて、ぼく、知らなかった」

 シロクマは、星をしみじみと見つめました。よく見れば、かつてつややかだった星の体には、今では干からびたようなシワがありました。

「助けて、おねがい。あたしを、海にもどしてくださいな」

 海の星の声は、もう消え入るようでした。

 シロクマは、どうしようかと考えました。海の星がシロクマの家に来てから、シロクマはどれほど幸せだったことだろうか。あの日から、シロクマの心の中に、北風が吹きこんでくることもなかったのです。

 もしも、星を海にもどしてしまったら、また、身も心も冷たく凍りつくような日々がやってくるのではないのだろうか。

『そんなの、いやだ』

 たとえ海の星が死んでしまっても、ここにあれば、まだマシなんじゃないのだろうか。それは父さんクマの足あとや、母さんクマのお尻のあとよりも、ずうっといいような気がしました。

 その晩、シロクマは一睡もしませんでした。

 朝になりました。シロクマの目は、まっ赤になっていました。それは夜、眠らなかったせいばかりではありません。シロクマは、決心していました。

 シロクマは海の星をくわえて、ほら穴から外に出ました。冷たい雪の上に海の星をおくと、太いうしろ足で立ち上がって、両腕を上にあげて、

「うおおお~~っ」

と、大きな声でほえました。そして、

「ぼくは、シロクマなんだ」

と言いました。

 いつだったか、父さんクマが、

「シロクマは世界中で、一番強いんだ」

と言っていたのを思い出しました。それから、母さんクマが、

「シロクマは、世界中で一番やさしいクマなのよ」

と言っていたのも、思い出したのです。

 シロクマは雄たけびをあげたあと、またストンと前足をおろして、そろっと海の星をくわえました。そうして、海の方へ向かって歩き出しました。

 それはそれは、ゆっくりとした歩みでした。そうして、夜になるほんのちょっと前に、ようやく海のそばまでたどりつきました。

 シロクマは海の中に口を入れると、そろっと口を開きました。すると星はシロクマの口からはなれて、くるりくるりとゆっくりと回りながら、深い海の底へと沈んでいきました。

「ありがとう、シロクマさん……」

 確かに星は、そう言ったでしょうか。

 星がひとまわりする度に、キラキラと美しく光っているのが、シロクマの目にうつりました。しかし、もしかしてそれは、星が光っているのではなくて、シロクマの目が涙で光っていたからかもしれません。

 シロクマは肩を落として、

「ぼくの幸せが行っちゃった……、幸せの星が、なくなっちゃった」

と、つぶやきました。

 ところが、おかしなことに、なぜか体の中が、ぽかぽかと温かくなってくるのです。それは海の星がいた時よりも、もっともっと温かいような気がしました。

「こんな気持ち、初めてだなあ」

 そう思いながら、シロクマは家路につきました。

 それからというもの北風が吹きすさぶ寒い夜には、海の星のことを思うようになりました。いっしょに暮した温かった日々とを思い、それから今では星が、海の底で幸せなんだろうなあと思うだけで、不思議なことにシロクマもやっぱり、体の中からしみじみと温かくなってくるのでした。