決勝戦のお題 コーヒー ≪敬称略≫
1位 村上健志 フルーツポンチ
サイフォンに 潰れる炎 花の雨
村上健志:
アルコールランプの火は、フラスコの丸い形に潰れていくんですよ。火って危なっかしいものでもあるけれど、ずっと見ていられるという不思議な力があって、ビジュアルとしても美しいけれど サイフォンコーヒーの作っている途中を見ていると、音が特徴的なんですよ。最後にお湯が上がっていって、ゴボッ…
夏井いつき:
本当に良く出来ていると思います。最初にサイフォン独特の形のガラスの器というかガラス器ですね、サイフォンにというこの助詞に誘導されながら出てくるんですが、サイフォンに潰れるって 何? って一瞬「え!?」って思うわけです。一瞬「え!?」って思わすのも、大事な「え!?」なんです。0コンマ0秒の間に脳は、サイフォンに潰れるもの?「え!?」って思うの。そしたら、炎という漢字がすっと出てくる。その瞬間にあの映像、フラスコの底のところに炎が広がってゆく……あれをこの人は潰れると表現するんだと。詩的な表現なんだけど、映像もきちんと読んだ人の脳の中に再生していきますね。この炎のほっとした温度のようなものを感じさせておいて、花の雨という美しい季語が出てくるわけです。
桜の頃の雨ですね。窓の外には、花の雨が降っている。雨にふるえる桜の映像も見えます。ちょっとひんやりとした皮膚感も伝わってくる。そこに炎ですよ。アルコールランプの炎の色、水が沸いてくる小さな音、そしてコーヒーの匂い、五感全部をゆっくりと刺激しながら1つの空間が出てくる。
2位 東国原英夫
缶コーヒー 啓蟄の つちくれに置く
東国原英夫:
仕事をして 缶コーヒーを飲んで、外でしょうね、
啓蟄の土がもっこりした所に置いた時に、春の訪れを感じた。缶コーヒーが持っている なんか ほっとした感じ つちくれに託したんですね。
夏井いつき:
光景、場面、動作が全部浮かんできますね。
読み終わった瞬間に、自分がどっか野原のような所に座って、カンカンが傾かないような場所をこう探しながらね、ちょっと置くという。置いたけど缶コーヒーが微かに傾きながら置かれている。手の感触までありありと思いましたよ。
俳句っていうのは下手な事ごちゃごちゃやらないんでいいんです。もう、これでいいんです。
3位 横尾渉 Kis-My-Ft2
リハ室の コーヒー苦し 八重桜
横尾渉:
コーヒーの苦みを感じた時に、ジュニア時代のリハーサルの辛かったな、大変だったなという過去を思い出しながら。
で、八重桜っていうのは、ふつうの桜より開花がちょっと遅いんですよ。キスマイもやっぱりデビューがちょっと遅かったので、そこをリンクさせて遅くてもきれいな花は咲くんだぞっていうことを言ってる句です。
夏井いつき:
褒めるべきは、リハ室という所から場面が展開していく事ですね。きちんとリハーサル室とか言うべきだというふうに考える人もいるかもしれませんが、日常的にリハ室というふうに呼んでいると思わせる省略の仕方ですね。しかも場面、場所、ここで何をしているか、お稽古をしているに違いない。しかも、人もちゃんと見えてきます。これだけの言葉でそういう情報を一気に引き出す。休憩時間の一息のコーヒー、苦いっていうのは、コーヒーが単純に苦いのではなく、リハーサル室のお稽古がなかなかうまくいっていないのではないのかな。それも読み手は汲み取っていきますね。1番褒めたいのは、最後の季語が八重桜ときたことです。
リハーサル室の窓の向こう側に大きな八重桜があって、コーヒーを飲みながら眺めて心を癒しているという そんな場面かなと読みました。八重桜は少し遅めに咲く絢爛な花だから、いつか実ってゆく。そういうこともあるんじゃないかしらと読み手はゆっくりと想像し始めてくれますよ。
第4位 梅沢富美男
鷹鳩と化す カフェオレの 白き髭
梅沢冨美男:
この恐ろしい鷹のようなかーっした鷹がですよ、おとなしいやさしくなったそういった春を表現する季語なんです。カフェオレを飲むとここに、白いのがぷーんとつくじゃん。ね、白き髭……
夏井いつき:
あの悪くはないです。鷹鳩と化す という難しい季語を軽やかに取り合わせてくる、これはこれで手練れだなというふうに思いました。
鷹が鳩になってしまいそうな そういう春のうららかなという意味になります。これ全部が季語ですから、季語の比重がすごく強い。だからバランスが取りにくいんです。
カフェオレを持ってくる辺り、なかなか度胸があると思います。カフェオレとこっちの重量感のある字面ですね、取り合わすために髭なんて持ってくるんです。鷹が鳩になるような春ですもの、私に白い髭が生えてお爺さんみたいになってしまいましたよと、そういう取り合わせをやってるわけです。かなり絶妙なバランスでやっているところは褒めたいと思いますよ。もったいないのはミルクとかカフェオレとか飲んだ時に、ここにくっつくのを髭っていうようなたとえは少しあるかなと思うんですが。
5位 鈴木光
馬の仔の 立ちて十勝の 缶コーヒー
鈴木光:
酪農家の視点で一句作ったんですけど、(仔馬の)出産の時に立ち会う時の気持ちで書いていて……生まれてきたと、で立つまではちょっとあのなんだろ容態とか気にしないといけないんだけれども、ようやく立って十勝の平野で缶コーヒーを飲める。
夏井いつき:
俳句にはいろんな型があって、その型に言葉を当てはめると ある程度の句が成立する。1番失敗しにくいのは、自分の経験というのがいちばん強い。経験であることで、オリジナリティーとリアリティーが一気に手に入るわけですからね、そういう所の酪農の視点に立ったというところが、少しだけ足りてない所かもしれないな。
非常に上手く作れている。悩みどころはこの地名なんです。「立ちて」までは出産の生々しくて、かなり近い場所で馬の仔を見ている感じがいたします。そこからいきなり十勝という広い場所に、バーンと広がるわけですね。次の瞬間、缶コーヒーできゅーんと(狭い場所に)戻るわけです。
ひょっとするとこの十勝というのは、牧場の気分を添えたくて、わりと気軽に置いちゃったかなとそんな気がします。予選の時の明石は、ちゃんと読みを誘導する働きをしていましたが、この十勝は気分を作ろうとして、そこで損したかもしれないと私は思います。
そうなった時に、この3音をどう使うかという話になります。3音に泣いたという例です。こういう大きな地名ではなく、もうちょっと狭い場所でやることはいくらでも出来ます。
この馬の仔が立った時間……
馬の仔の 立ちて未明の 缶コーヒー
一晩かかって出産に立ち会った人物を入れようと思っても出来ますよ。
馬の仔の 立ちて獣医の 缶コーヒー
こっちの方が、より映像ではないですか?
第6位 千原ジュニア
ふらここを 待つ我が子見つ 飲むコーヒー
千原ジュニア:
歳時記を見てたんですよ。ほんなら季語にふらここって、ブランコや、季語で。「ふらここ」絶対使いたいやん。あー、これ、いい季語やなと思って。
ちょっと前に子供を公園に連れて行ったんですよ。なんかこう、乗ってる兄ちゃん見ながら待ってる子を見ながらコーヒー飲んでるっていう、こう暖かい春の日を詠んだつもりなんですけど。
夏井いつき:
(見つつ)そこは一番最初に変えないといけない所。
いいのは場面が優しいでしょ。ブランコの順番を待っている我が子をちょっと離れた所から眺めて、コーヒー、缶コーヒーでしょうねって私は思ったんですが、なんて優しいほのぼのとした場面だろうと思って。その場面を上手に書こうとしている、そこがいいです。
問題なのは、小さな所です。「見つ」ではなく「見つつ」と、もう1個つがいる。これはそうなったら、中七が字余り、8音になっちゃう。そういう所もあったんだと思います。
「我が子」3音です。「我が子」の事を、別の吾という字書いて「吾子」っていう言い方もあります。
ふらここを待つ吾子見つつ飲むコーヒー
さらにもう1つ。「吾子」は2音ですが、「子」だけでも、よその子を見るんじゃなく自分の子を見る人じゃないかしらと想像してくれます。
ふらここを待つ子を見つつ飲むコーヒー
「を」で対象がはっきりしますね。
「待つ」「見る」「飲む」一句に同氏を3つも入れると、だいたいはせわしなくなるんです。それがこの句の持っている時間はゆったりとして、ほのぼのとした時間をちゃんと描いているでしょ。動詞3つで、こういう世界が描けるというのは強く褒めたい。
第7位 藤本敏史 FUJIWARA
卒業の コーヒー少し 酸っぱくて
藤本敏史:
大学生が卒業式を終えて、家に帰ってきて落ち着いていると、一気に現実が押し寄せてくるというのか、まあ(将来の)希望とか不安が押し寄せてきて、いつも飲んでいるコーヒーがちょっと酸っぱく感じたっていう、ストレートなんですけどね。
夏井いつき:
卒業式が終わった後のコーヒー、それが「酸っぱい」っていう展開はナイーブで良いと思います。コーヒーの味で卒業という季語を表現しようとしているという、底が良いのです。もったいないのは、この3音「少し」
ー略ー
ポイント:3音をおろそかにしない。
卒業のコーヒー酸っぱくて泣ける
卒業のコーヒー酸っぱくて笑う
第8位 中田喜子
焙煎香ふんぷん 春陰を飛ばす
中田喜子:
コーヒー豆販売店のお店で焙煎をしているんですよね。その香りはとても良い香りなんですけど、ちょっと強くもある。春の曇り空を なんていうんですか そのいい香りで飛ばすかのように という句を詠んだんですが。
夏井いつき:
良いのは春陰を飛ばすという発想ですね。春陰というのは、春の曇りがちなお天気のことをこういうふうに言うんですね。春陰を飛ばすことできるってこの焙煎の香りを嗅ぐで思ったこと、もうここでちゃんとオリジナリティのある発想というのがあります。体験もあります。前半がちょっとやりすぎてるんです。
ー略ー
ポイント:言葉のバランスを考える
焙煎の香の立ち春陰を飛ばす
9位 千賀健永 Kis-My-Ft2
カフェ色の 濁流を吐く 春の山
千賀健永:
昔家族によく岐阜の中津川に連れて行ってもらったんですね。嵐の次の日に連れてってもらったら、川が濁流になってて、健やかな山なのに なんかこう濁流が出てるっていうところが印象的で、それでコーヒーの色とこうかけたっていう句なんですけども……。
夏井いつき:
カフェ色っていうのが、どうしても引っかかるんですが……。
ご本人がやりたかったこと、やろうとした事が悪いわけではないんです。春の山という生命感に満ちたそういうものが濁流を吐き出す。豪雨が降ったりなんかしたような濁流かなと私は読みました。
ー略―
春山が 吐く濁流の 珈琲色
こうすると珈琲色に最後視点がぐーっといきますので、そこに少なくとも緊迫感や臨場感みたいなものが、少し出てくるのではないかなと思います。
★ 夏井先生がどうしても世に出したい一句
特別賞 ミッツ・マングローブ
沈黙の 春尽く 角砂糖ひとつ
ミッツ・マングローブ:
喫茶店で向かい合う2人に 重く漂う沈黙。その沈黙を破ったのは、角砂糖をかきまぜるスプーンの音だったという一句。
夏井いつき:
これ 良い句じゃないですか。季語がここに入ってくるというのは、すごく難しいんですよ。さらっとやって……。
夏井先生は毒舌家と言われているそうですが、こうして言葉を拾い上げてみると、難しいことをかみ砕いて、誰でも飲み込めるように、やわらかくしてくれているのがわかります0。とても親切ですね。
梅沢さんは、ラスボスを演じていますね。悪役のいないドラマは、ゴールキーパーがいないサッカーのようなものですよね。流石です。