桜さくら堂

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野ばら・月夜とめがね/小川未明/感想

f:id:sakurado:20210930124653j:plain 野ばら/月夜とめがね

小川未明・作/中川貴雄‣絵/宮川健郎・編 [岩崎書店]

 

野ばら

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大きな国と小さな国の国境に、国境を守るために兵士がやってきていました。そこは野ばらが茂っていて、朝からみつばちが飛んいました。

大きな国の兵士は老人で、小さな国の兵士は若者でした。

そこはさびしい山の中だったので、いつしかあいさつを交わすようになり、将棋をするまでになりました。

 

小鳥はこずえの上でおもしろそうにさえずっていました。

白いばらの花からは、よいにおいをおくってきました。

 

将棋をしながら、

老人の兵士が「せがれや孫がいる南の方に帰りたいものだ」と言えば、

「あなたが帰ってしまっては困ります。どうぞ、もうしばらくいてください」

と、青年の方がいったりします。

なんて平和で、穏やかな日々でしょうか。

 

この話を読んでいると、頭の中にルイ・アームストロング(通称サッチモ)の

「この素晴らしき世界」What aWonderful World の美しいトランペットの曲が聞こえてくるような気がするのです。

この曲(歌)は、あたたかい春の日に、ひなたぼっこをしているような気持にさせてくれます。

サッチモが美しい自然とそのなかにたたずむ平和で幸せな人々を歌ったこの頃、

アメリカはベトナム戦争をしていました。そして、連日、大きな犠牲者が出ていました。

若いシンガーは、こぞって反戦歌を歌ったのです。

もちろん、サッチモもこの戦争に心を痛めていました。

しかし彼は、反戦を叫ぶ代わりに、ひたすら平和であることのすばらしさを歌うことによって、逆に、戦争の悲惨さや虚しさを伝えたかったのだろうといわれています。

 

小川未明氏の「野ばら」も、同じように、ひたすら平和でのどかで、

野ばらが咲いている美しいところでの兵士の友情を描くことによって、

逆に戦争の悲しみを伝えたかったのではないのだろうか

と思うのです。

 

平和だったこの2つの国は、やがて敵味方になって戦うことになります。

青年の兵士は、この老兵と戦うことを拒んで、激戦地へと赴いていきます。

年老いた兵士はそのまま国境に残されて、ただひたすら青年の身を案じていました。

そして、旅人から、その後、戦争がどうなったかを知らされます。

そうすると、

 

あちらから、おおぜいの人の来る気はいがしました。

一列の軍隊でありました。そして、馬にのってそれをしきするのは、かの青年でありました。

軍隊はきわめてせいしゅくで声一つたてません。

やがて老人の前を通るときに、青年はもくれいをして、ばらの花をかいだのでありました。

 

ここで老人は、はっとして目覚めるのです。夢を見ていたのでした。

野ばらは枯れてしまい、老人は南のほうへ帰っていったのです。

 

このお話の題名になっている「野ばら」は、この話のなかにたくさんでてきます。

この平和で穏やかな日々に、野ばらは、匂うように咲いていたのです。

そうして、青年が夢の中で野ばらの匂いをかぐところで、目がさめるのです。

この野ばらの匂いをかぐというところに、作者小川未明氏の思いがぎゅうっと凝縮されて描かれているように思います。

そして、野ばらが枯れたというのは、どういうことなのでしょうか。

 

野ばらは、平和の象徴なのでしょうか。

それとも、もっと違うなにかでしょうか。

たぶんそれは、野ばらをみたときに、あなたの胸のなかにそっと咲いたそれ

なのです。

ちなみにこの作品「野ばら」が書かれたのは、第1次世界大戦の少し後だそうです。

これから、また大きな悲しい戦争に入る少し前のことです。

 

 

月夜とめがね

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おだやかな、月のいい晩のことであります。

しずかな町のはずれにおばあさんは住んでいましたが、おばあさんは、ただひとり、窓の下にすわって、針しごとをしていました。

ランプの火が、あたりを平和に照らしていました。

 

月の光は、うす青く、この世界を照らしていました。

なまあたたかな水の中に木立も家も丘も、みんなひたされたようであります。

 

これもとても平和で穏やかなおばあさんの暮らしが描かれています。

なまあたたかな水の中に……というようなところで、

これからなにか不思議なことが起こりそうな怪しげな感じが描かれています。

 

かすかに町のにぎわいを遠くに聞きながら、おばあさんがぼんやりとしていると、そこへめがね売りがやってきます。

おばあさんはちょうど目がよく見えなくて困っていましたから、そのめがねを買ってつけてみました。

すると、それはそれは良く見えるようになったのです。

さて、おばあさんがもう寝ようとめがねを外したら、また外の戸をトントンとたたくものがありました。

それは若い娘で、香水製造場にやとわれているといいます。

おばあさんがよく見ようと、さっそく買ったばかりのめがねをかけてみて、

おばあさんは娘の本当の姿を知るのです。

 

さて、この話のラストにも、やっぱり野ばらが出てきます。

おばあさんの家の裏には、花園があるのです。こんなふうに

 

花園には、いろいろの花が、いまをさかりとさいていました。

昼間は、そこに、ちょうや、みつばちが集まっていてにぎやかでありました。

けれど、いまは葉かげでたのしいゆめを見ながらやすんでいるとみえて、まったくしずかでした。

ただ水のように月の青白い光が流れていました。

あちらのかきねには、白い野ばらの花が、こんもりとかたまって、雪のようにさいています。

 

穏やかで平和でしあわせな情景が、目に浮かぶようです。

あの時代に作られたとは思えないような、みずみずしくてやわらかな感性です。

ひとつの言葉のむだもない、なんて美しい文章でしょうか。

 

 

小川未明(おがわ みめい)

1882~1961年。新潟県生まれ。早稲田大学卒業。

雑誌『少年少女』の編集に従事する傍ら童話を発表し、

1910年、最初の童話集『赤い船』を刊行。

 

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お題「我が家の本棚」

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野ばらは昔、滝平二郎氏の影絵を観たことがありました。

お話に合わせて影絵も変わっていきました。

日本児童文芸家協会で観たような気がするのですが、

何十年も前なので思い違いをしているかもしれません。

影絵も滝平さんのだと思っているんですが……。

ただ、とても美しかったという記憶だけは、間違いありません。

 

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