桜さくら堂

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風のラヴソング[なれてるお父ちゃん]越水利江子【児童文学】感想・レビュー

きこえてくるのはラヴソング

さあ 泣かないで

さあ 立ちあがって

耳をすまして

 

いつでも

だれかが くちずさんでいるはず

あなたへの ラヴソング

 

おもいだして

あの日の ラヴソング

ほら

明日のあなたへの ラヴソング

 

風のラヴソングは作者の越水利江子さんが、自身の子供時代をふり返って、

あのころ、読みおわったあと、力になる物語に出会えていたらと・・・

そんな気持ちから、

今もたたかいつづけているひとりぼっちの幼い戦士たちのために書きつづった少女・小夜子の一生を通して描かれるさまざまな「愛」の物語です。

 

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越水利江子・作/中村悦子・絵/講談社・青い鳥文庫

お題「我が家の本棚」

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なれてるお父ちゃん

 

「小夜子、もう、あんなお父ちゃんいややから、もっと、ええお父ちゃんのとこへ行こか?」

 日曜の昼、路地のまがり角で、お母ちゃんは、大きな、ちょっときついくらいきれいな目で、じっと、うちを見ていうた。

 

 これは小夜子の視線から、両親のことを書いています。

小夜子はもらわれていった伯母さんの家ですくすくと育ってもう小学生ですが、2人のことは本当の両親だと思っています。

今の両親である2人は同じたばこ工場で働いているのですが、仕事が終わったあとは、いつも2人で晩ごはんの支度をしています。

 

その日は、お母ちゃんがだるくてぼんやりとテレビを見ていると、台所で夕飯の支度をしていたお父ちゃんが、「女なんだから、テレビなんか見てないで手伝え」ってなじって、ついに大きな夫婦ケンカになってしまいます。

カッとなったお父ちゃんの手には、どろぼう用の木刀が握られていて・・・。

 

その木刀を、お父ちゃんがおもいっきりふりあげたので、うちとお母ちゃんは真っ青になった。

「おとうちゃん!」

「あんた、な、なにすんの

 お父ちゃんは、うちとお母ちゃんをぎろりとにらんで、木刀をふりおろした。

おもわず目をつぶったうちとお母ちゃんのうしろで、バリバリっとものすごい音がした。

「こんなテレビがあるからいかんのや!」

 

 お父ちゃんは木刀でぼかぼかとテレビを殴ったのでした。テレビはボロボロになって、ときどき、ビリビリっと火花が散ります。

リアリティがあって凄まじい情景ですね。

 

そんなことがあって、お母ちゃんの口から思わず、もっといいお父ちゃんなんていう言葉が、ポロッと出てきたのでした。

もちろん心にも無いことなのですが、でも本当は心のどこかで実の父親のことを意識していたに違いありません。

ですから、こんなことになって申し訳ないと思ったかもしれないし、それにもう小学生にもなった小夜子は、幼いころとは違って男手でもなんとか育てようと思えばできないこともないのです。

そういうことがあっての、もっといいお父ちゃん発言なのです。もしも、小夜子が「あんなお父ちゃん、いやや」と言ったら・・・。

 

住んでいるのは隣のテレビの音が聞こえるような家です。

そして、隣のテレビの音や楽しく騒ぐ声が聞こえてくると、お母ちゃんはやりきれなくなって、小夜子を連れて食堂にいきます。

何でもたのんでいいからって気前がいいことをいって、いろいろ飲み食いしながら、お父ちゃんは服を買ってくれないだの、男のヒステリーだの、あんな人と結婚して失敗しただのと、さんざん愚痴を言うのでした。

そのお母ちゃんはといえば、じつは工事場のおっちゃんがチラチラとこっちを見るようなきれいな人なのです。

 

そのとき、小夜子がモット、エエ、オトウチャンのことやけど・・・ と切り出すと、お母ちゃんは急にまじめな顔になります。

 

「あのな、お母ちゃん、うち、あのお父ちゃんで、なれてるから・・・そやから、あのお父ちゃんでええ」

 お母ちゃんのまじめな顔が、ふっと、とけるみたいにやさしくなった。

「そうか・・・」

 お母ちゃんは笑った。

「あの、ケチで、カミナリのお父ちゃんになれてるのんか。こりゃ、ええわ・・・」

 

と言って、大声で笑うのでした。

きっとほっとしたのに違いありません。

 

 そして、このお父ちゃんの方も、じつは大柄でまるぼうずの頭にハンチング帽をかぶって、黒いサングラスに黒い革ジャンを着ていて、ちょっとカッコいい感じの男なのです。

そして、日曜日には電気屋さんから値切り倒した新型の画面が大きなテレビを無理して買ってきて、

「な、小夜子、まえのよりかっこええやろ」

なんて言うのです。

彼は彼なりに、きっと癇癪をおこしてテレビを壊してしまったことを反省したのでしょう。

でも、そうは言えないのですね。それで、こうなります。

 

その夜、お母ちゃんがごはんのしたくしてたら、オトウチャンが、横から、お母ちゃんの持ってた包丁をとった。

 お父ちゃんは、トントンとなっぱをきざみながらいうた。

「かまへん、テレビ見とれ」

 

 こういうのを不器用な男っていうのでしょうか。

 

いずれにしろ、この短い話で、その後の小夜子が、どういう家族に囲まれてどんな生活をしているのが、手に取るようにわかりますね。

人情味があって、すごく濃い生活が描かれていて、まるでよく出来た映画の1シーンのようです。

よく出来たというのは、リアリティがあって信じられる描写ということですね。

どの人物もしっかり立ちあがっているし、性格や個性や、それぞれの心のひだまで、こんなに短い言葉の中でしっかりと表現ができていて凄いなあとため息が出てしまいそうです。

そう思いませんか。

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※ 風のラヴソングは、どれも短いお話になっていますが、どれも内容が深くて濃い作品なので、ぜひ深く味わっていただきたいので、何回かに分けて感想を書いてみたいと思います。

 

著者紹介:越水利江子さん

 高知県生まれ、京都育ち。

「風のラヴソング」(岩崎書店)で、日本児童文学者協会新人賞、

文化庁芸術選奨文部大臣新人賞受賞。

「あした、出会った少年」(ポプラ社)で、日本児童文芸家協会賞受賞。

他に「花天新選組君よいつの日か会おう」(大日本図書)、

「竜神七子の冒険」(小峰書店)、「ぼく、イルカのラッキー」「月夜のねこいち」(共に毎日新聞社)、「忍剣花百姫伝」シリーズ、「こまじょちゃん」シリーズ(共にポプラ社)、「霊少女花」シリーズ(岩崎書店)、「百怪寺・夜店」シリーズ(あかね書房)など、ヤングアダルト、エンターティンメント、幼年絵本まで作品多数。

 


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