今週のお題「本棚の中身」
少し前に本棚を断捨離して、大きなダンボール箱に4箱ほど古本屋に送りました。
今残っている本は、どうしても手離せないという本と新しく購入した本でしょうか。
チャップリンの本は毎日新聞社から出した毎日ムックという雑誌で、平成10年に発行された『チャップリンのすべて』という特集になっています。
この本に初めて出会ったのは、隣の市の図書館でした。
なんで隣かというと、隣の図書館は閲覧する机が2階の窓際にあって外の景色も眺められるし、本を読むにも物を書いたり学んだりするのにとても居心地が良かったからです。
自分が住んでいる所の図書館は閲覧室が別の部屋になっていて、長机だけがずら~~っと並んでいるだけの無機質な感じで息が詰まってしまうようでした。
隣の図書館は隣市の住民にも開放的で友好的で、本の貸し出しもしてくれていました。
駅からも近く、1階にはパン屋さんやミスドなんかもあって便利でした。
当然、この図書館は人気があって、閲覧席に座るためには早めに行って並んで整理券をもらわなければなりませんでしたが、それでも頑張って並んでいました。
図書館に入って決められた席を確保すると、決まってワタクシはこの『チャップリンのすべて』という本を映画関係の棚へ行って持ってきて読んでいました。
これを読んでから、つぎの自分がやるべきことをしていました。
表紙を1枚めくると、そこには映画評論家の淀川長治氏の「チャップリンの本を心をこめて」という文章が載っています。
その後に、あふれるほどの写真と共に、チャーリー・チャップリンの生い立ちから、数多くの作品についての解説と思いなどが書き綴られていました。
ちなみに素顔のチャップリンは、上品で爽やかな紳士ですね。
チャップリンは子供の頃にあんなに貧しくて苦労したのが、逆にその苦労が全部作品の役に立っている。
だから自分の体験を立派に自分の役に立てたということは、僕がとっても尊敬することなんです。
それからチャップリンから得たことは、1番最初、何度も何度も言いますけど、愛ですね。
愛が無かったら人間じゃない。
動物にも愛はあるけれども、人間に愛が無かったら生きておれないんです。ところが無い人は非常に不幸な一生を暮らす。愛のある人はどんなに貧しくとも幸せな一生を送ります。
僕は愛というものを1番最初にどの作品からもどの作品からも得ました、チャップリンからね、愛することを。
愛するということは人にものを貰おうと思って手を出すものじゃない、自分から人に与えるものが愛なんです。
愛の報酬なんて考えたらいけない。そういう風なことをチャップリンの映画から得まして、もう非常に尊敬しました。
チャップリンの映画を見ていると「街の灯」でもなんでも一生懸命人の為に尽くして、そして自分は牢獄に入ったりして落ちぶれても、その人を探しに行ったりしない。
それを偶然あの女の方が見つけた。見つけたと言ってもチャップリンと知らないで見つけて、見つけてから「あなたか・・・」という終わりでしょ。
つまりチャップリンから捜して「あなた僕ですよ」なんて絶対に言わない。
「独裁者」の演説にもそれが出ています。
チャップリン以外にはあんなことは言えないし、チャップリンなればこそ。
この時ひょっとしたらチャップリンはヒトラーに殺されるかもわからない。ポーランドへ侵入したところだった。これから威張るというところだった。
けれどもチャップリンは立派だった。命がけだったんです「独裁者」は。
――淀川長治――
映画はトーキーの時代に入っていましたが、チャップリンは彼の信念からサイレントを貫いてきました。
そのサイレントの王様が、世紀の6分間といわれる素晴らしい演説で映画「独裁者」のラストを飾ったんですね。
ワタクシはそれまでチャップリンの映画を観たことがなかったんです。
でも、この本を読んで感動して、チャップリンをとても尊敬するようになったんです。
チャップリンは生い立ちもすごく大変で、苦労して育ったのです。
大酒飲みのお父さんはチャップリンが4歳か5歳の頃に死んでしまって、お母さんは病気で寝込んでしまい、その頃からチャップリンは路上で歌ったり踊ったりしてお金を稼いで生活をしていたんですね。
クリスマスの夜にボランティアの人がスープを配るのですが、チャップリンはお母さんに貰いに行くように言われても首を横にふるんです。
「靴が無いから行けない」って。そうしたら、お母さんが自分の靴があるから履いていけって言われて、大きな靴を履いて雪の中をスープを貰いに行くのです。
そういう貧しい体験があって、それを忘れないようにって、チャップリンはあのドタ靴のスタイルを通したんですね。
ワタクシも非常に感動して、図書館に行くと必ずこの『チャップリンのすべて』という本を持ってきて、読んでいました。
もうこれがルーティン化していましたね。
読むと心がほんわかして、さらにワタクシも頑張ろうっていう気になったのです。
借りようとは思いませんでしたね。なんだかワタクシが一人で独占しちゃダメなような気がしていたんですね。
ただ、いつ行ってもあったから、今から思うとすでにもう人気が無くなっていた本なんだろうなって思います。
チャップリンは映画のシェークスピア。
笑いは悲劇があってこそ笑える。
本の後半には映画評論家の淀川長治さんと、映画監督の山田洋次監督との対談が載っていて、なるほどなあ・・って思って読みましたが、この言葉はその扉に書いてありました。
映画は運良くというか、有楽町の駅の近くにある『スバル座』という小さな映画館で、2003年5月31日~8月8日まで、チャールズ・チャップリン映画生活90年記念ということで、「Love Chaplin! チャップリン映画祭」というのをやったのです。
街の灯、キッド、黄金狂時代、ライムライト等など・・・いっぱい・・・
それでワタクシはもう毎日のように有楽町に観に行って、かかったものは全部観てきました。そして、すごく感動したし、尊敬もしました。
昔のポスターなんかも展示してあって、それもじっくりと見られてとても良かったです。
古い映画なので、フィルムもかなり修復をしたとか言っていましたね。何しろ無声映画の時代のですからね。
無声でも、感動して、泣きました。たまに文字が出てきたりして、そこは時代を感じて面白かったです。
こうして数多くのチャップリンの映画を、深い椅子に沈んで大きなスクリーンで観られたことはまったく僥倖でしたね。
惜しくも2019年に幕を閉じてしまった有楽町『スバル座』さんにも、深く深くお礼を申し上げたいと思います。
ありがとうございました❕ YUYU
本の話に戻しますと、そうやって隣の図書館に行くと必ず『チャップリンのすべて』という本を読んでいたのですが、
ある日、行ったら無かったのです。
あれ?って思って、でも、誰かが借りているんだろうと思ってその日は諦めました。
なにしろ図書館の本ですからね。
ところが、その日を境に、いつ行ってもチャップリンのその本は無かったのです。少ししてから、恐るおそる図書館に人に聞いてみました。
するとその本は、すでに処分したということでした。
図書館の入り口のところに、『差し上げます』というコーナーがあって、そこに置かれたということで、すでにそれは誰かが持っていってしまった後でした。
ショックでしたね、それはちょうどワタクシが図書館へ行かなかった日で、
なんであの日に自分、図書館へ行かなかったのかと、これほど後悔したことはありませんでした。
何しろ古い本で、しかも雑誌ですからね、もう絶対にワタクシの手に入ることはないだろうと泣く泣く諦めました。
その頃はアマゾンとか楽天とか、そういうシステムはありませんでしたからね。
あれから〇十年・・・
最近になって、ある日、そうだ、もしかしてと思いついてネットで検索したら、
あったのです。1冊だけ。
速攻でポチしたのは、言うまでもありません。
しかも届いた本は、新品同様だったのです!
狂喜乱舞(お見苦しいことですが)です。再会とはこのことを言うのでしょうか。
そしてこの『チャップリンのすべて』は、今、ワタクシの本棚の特等席に鎮座しているのでした。
長くなりましたが、今回は本の中身よりも、『チャップリンのすべて』という本との思い出を語ってしまいました。
またそのうちに中身についても語ってみたいと思いますが、
ご精読を誠にありがとうございました。
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