ロード・ゴートという黒猫が、第2次大戦下のイギリスの町を、飼い主のジェフリーを追って長い長い旅をつづけていきます。
「戦争という暗いトンネル」の中で、何もかもが変わってしまったけれど、
最後にただ1つ変わらなかったものは・・・?
イギリスの戦争文学の第1人者のウェストールが、黒猫のロード・ゴートを通して伝えたかったこととは・・・。
猫の帰還/ロバート・ウェストール 作・坂崎麻子 訳/徳間書店
1940年の春。黒猫のロード・ゴートは、空軍パイロットのジェフリーの出征にともない、妻のフローリーと共に田舎に疎開しました。
しかし、ロード・ゴートは飼い主のジェフリーを求めて、長い旅を始めます。
これは実際に、猫がご主人を求めて2,400キロも追って辿り着いたという実例をもとに書かれたフィクションですが、その旅路には戦時下の人々の苦悩が色濃く描かれています。
1939年秋、ポーランドに侵入したドイツに対して、イギリス・フランスが宣戦布告して第2次世界大戦が始まります。
イギリスは大陸派遣軍をフランスに送りますが、この司令官がゴート卿で、黒猫の名前はここから付けられました。
黒猫のロード・ゴートの旅が始まったのは、翌年の春で、ドイツがフランスに侵入し、イギリスの大陸派遣軍とフランス軍はダンケルクから撤退したころです。
ロード・ゴートは飼い猫から、しだいに自分でネズミや野ウサギなどを狩る野良猫へと変貌していきます。
出征した夫の戦死に怯える若い婦人や、軍隊こそわが居場所だと誇る軍曹など、さまざまな人間に出会い、ときには飼われながらロード・ゴートは旅をつづけます。
イタリアが参戦、フランスが降伏し、9月には首都ロンドンへの空爆があり、11月の工業都市コヴェントリーへのすさまじい攻撃がありました。
このころロード・ゴートは年老いた馬車屋に飼われ、まぐさ桶の中で子猫を生みます。
しかし、ドイツ軍の焼夷弾で家も町も焼け出されて、飼い主のオリ―の馬車で子猫と命からがら逃げのびていくのです。
「わしの望みはな、おまわりさん」
オリ―は、うちあけるように言った。
「ヒトラーより長生きすることさ。ムッソリーニよりもな。
・・・戦争が終わったら、わしら、外国旅行に行くんだわ。あんた、どこ行くと思うだか。
ドイツだわ。ベルヒデスガーデンよ。ヒトラーの墓の上で、踊りを踊るんだわ。夜も、昼も、踊るぞ。
そいから、イタリアに行く。ムッソリーニの墓の上でも・・・・」
「おともしたいですね・・・」巡査はやさしく言った。
巡査の言葉に、深く同意する私がいました。
それからも、ロード・ゴートの旅はつづきます。
夫の戦死に絶望して自暴自棄な生活をしている若い未亡人や黒猫を幸運を運んでくれると固く信じる若い兵士など、ときにはロード・ゴート自身、不発弾の爆発に巻き込まれて傷を負いながらも、厳しい境遇にくじけずに旅をつづけます。
イギリスの被害も甚大でしたが、チャーチル首相のもと、国民の士気は衰えなかったといわれています。
ヒトラーはイギリス上陸をあきらめて、翌年にはソ連に侵入ました・・・・ロード・ゴートの旅は、この辺で終わっています。
この物語の主題は、ロード・ゴートが飼い主のジェフリーに会えたかどうかを問うところではないので、ラストの部分を少しだけ書いてみます。
ロード・ゴートは、大切な人のいる家に帰ってきた。
ここはあたたかく、乾いていて、おなかはいっぱいだ。ロード・ゴートはふたたび、めだつところは何もないありふれた猫にかえっていた。
ロード・ゴートはかすれた声をあげた。そして、眠りに落ちていった。ひげがぴくりとする。前足がちょっととびかかるようなしぐさをする。
夢の中で、ロード・ゴートはネズミを追っている。
どこの国のネズミでもかまわない。
この話は猫からの視線による人間の戦争について書かれています。
どの出来事も生々しく臨場感があるのは、「戦争の中のできごとそのものは、どれもじっさいに起こったことなのです」と作者自身が体験した真実の重みがあるからなのです。
そして、ラストの「どこの国のネズミでもかまわない」という黒猫ロード・ゴートの思いは、そのまま作者の思いでもあるのでしよう。
どこの国かを問い争うのは、人間だけですから。
本作はスマーティ―賞を受賞しています。
ロバート・ウェストール Robert Westall
1929~1993 イギリス・ノーサンバーランドに生まれる。
美術教師として教えるかたわら、1人息子のために書いた処女作「『機関銃要塞』の少年たち」(評論社)がカーネギー賞を受賞し、作家としてスタートする。
「かかし」(徳間書店)で再度カーネギー賞、「海辺の王国」(同)でガーディアン賞を受賞。
児童文学の古典として残る作品と評された「弟の戦争」「禁じられた約束」「クリスマスの猫」「クリスマスの幽霊」(いずれも徳間書店)などがある。
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