桜さくら堂

みなさま、こんにちは!🌸児童文学を中心にして、絵本やYA、一般の書籍の感想や解説を書いています。時々はおいしい珈琲店や日々のつれづれも……(⋈◍>◡<◍)。✧♡あわただしい日々の中で、桜さくら堂にちょっと寄り道して、ひと休みしてみませんか?💛

北風のわすれたハンカチ/安房直子/感想・レビュー/児童文学

安房直子さんの作品は、冒頭の1行を読んだだけで、もうすでにその不思議な世界にぐうっと引き寄せられてしまいます。

そこからあなたは、もうふしぎな物語の世界に入っていって、気づいたときにはすでにふしぎな世界の住人になっていることでしょう。

 

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北風のわすれたハンカチ 安房直子・作/偕成社

お題「我が家の本棚」

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北風のわすれたハンカチ

 

くる日もくる日も北風の吹く寒い山の中に、クマの家がありました。

 

これだけでもう、クマの寂しいようすが手に取るようにわかってきますね。

このクマはツキノワグマで、四歳でした。クマは四つで大人になるのですが、このクマについて、こう書いてあります。

 

胸の白いかざりは、くっきりと、すてきな三日月形をしていましたし、からだも、なかなかりっぱでした。

けれども、心は、まだすこし子どもでした。

「さびしくて、胸の中がぞくぞくするよ」

 

クマはひとり暮らしでした。半年前に、

 

やっぱりこんな風の日に、人間というやつがきてね、

父さんがドーンとやられて、

母さんもドーンとやられて、

妹も弟もみんなおんなじで、ぼくだけ残ったんだよ。

 

と言います。

もう、これだけでこのクマの今置かれている寂しい暮らしが、よくわかってきます。そして今年は、冬をたった一人で過ごさなければならないのです。

 

とってもさびしいんだ。胸の中を、風がふいているみたいに。

 

そこでクマは、音楽をおぼえて寂しさをまぎらわそうと思い、

どなたか音楽をおしえてください。

お礼はたくさんします。

という張り紙を出しました。

 

最初にやってきたのは、青い馬にのった青い人でした。北風でした。

その人は手に金色のトランペットをにぎっていました。

けれど、トランペットを口に持っていったら、前歯にぶつかって歯が1本折れてしまったのです。

「もう、見込みがないね」北風はいうと、冷蔵庫に大切にしまっておいたパイナップルの缶詰を持っていってしまいました。

クマに息は、抜け落ちた歯のすき間から、すうすうと小さな風のようにぬけて、前よりも寂しくなったのです。

 

つぎにやってきたのは、青い馬にのった青い女の人でした。この人も北風で、バイオリンを持っていました。

クマがメヌエットのすばらしい調べを胸にうかべて弓をこすると、体じゅうに鳥肌が立つほど嫌な音がでました。

「あんたには、すこしむりなんだよ」北風のおかみさんはいうと、冷蔵庫にしまっておいた山ぶどうのかごを、教えたお礼にと持っていってしまいました。

 

クマはすっかり、ガッカリしてしまいます。前歯を折ってしまったうえに、冷蔵庫も空っぽになってしまったわけですから。

やがて雪がふってきました。するとまた、青い馬にのった青い人が立っていたのです。

クマはまただと思って、青い人にはうんざりしていたのですが、今度の北風は、まだ子供でした。

 

まるで、青い花びらのように。少女は、母さんゆずりのながい髪の毛を風になびかせて、

「クマさんこんにちは、お元気ですか?」と、あいさつしました。

 

この少女がとても感じが良かったので、家に入れてお茶を出して、お菓子が何にもなくてというと、

少女がポケットから青いハンカチを出して魔法をかけます。

すると、ハンカチの上にホットケーキの材料とはちみつがのっているのでした。

北風の少女はホットケーキを焼いて、はちみつをかけて、一緒に食べるのです。

その時、少女は、

「ねえ、知ってる? 雪も、落ちてくるときは音をたてるのよ」

なんてことを言うのです。そこで、クマも耳をすませます。すると・・・

 

ほと、ほと、ほと、ほと、

小さな小さな音でした。けれど、やさしいあたたかい音でした。

白い花が散るときも、こんな音がするでしょうか。

月の光がこぼれるときも、こんな音がするでしょうか。

 

クマは胸がほかほかしていましたが、この子が遠くへ行ってしまったら、雪の音が聞こえないような

また寂しい自分になってしまうのではないのだろうかと、やりきれないほど悲しくなりました。

北風の少女はそのことを知っていて、しょんぼりと小さな声でいうのです。

 

あたしね、そろそろでかけなければならないの。

父さんと母さんのあいだは山三つ分。母さんとあたしのあいだも、山三つ分。

けっして、それよりはなれてはいけないの。それが、北風の国のきまりなんだもの。

 

クマに後ろを向いて、50まで数を数えるようにいって、少女は去っていきます。

クマがやっとの思いで50まで数えて、「もういないんだな」と思ってふりかえると、

さっき少女がすわっていた椅子の上に、

さっきの青いハンカチが、ふわりと置いてあったのです。

 

クマは、すてきなことに気づきました。

(あの子は、またここへくるかもしれないぞ)

そうです。だいじなハンカチをわすれたのですから、この次ここをとおったときには、きっとよってくれます。

 

大事にしまっておこうと考えて、クマはそのハンカチを一番安心な場所を思いつきました。

それは自分の耳の中でした。

すると突然ふしぎな音楽が聞こえてくるのです。

ほと、ほと、ほと、ほと・・・

ああ、それは、雪の音でした。

 

いつか、クマの家は、このやさしい雪にうもれていきました。屋根も、えんとつも、すっぽりと。

そして、家の中では、耳に、青いハンカチを、花のようにかざったクマが一ぴき、しあわせな冬ごもりにはいったのです。

 

私はふと、北風の少女は、ほんとうに青いハンカチを忘れていったのかしら? と思うのです。

もしかしたら、わざと置いていったのかもしれないと。

北風の女の子は、先に来た2人と違って、クマにとてもやさしくします。

 

このクマは去年の冬は、家族がたくさんいたのです。

家族と一緒に、冬を越していました。

ところが、今年の冬は、ひとりぼっちで寂しく過ごさなければなりません。

だけど北風が忘れていったハンカチがあって、クマは幸せな気持ちで過ごすことができるようになりました。

春になったら、きっと、今度は心も大人のクマになっていることでしょう。

だけどそのクマは、きっと心に、優しさのカケラをそっと抱いたクマになるのではないでしょうか。

なぜなら、自分がそうされたからです。

人に優しくするのはどういうことなのかを、知ったからです。

寂しくて、心の中に北風が吹いている人に、どうしたらいいのかをこの北風の少女は教えてくれています。

 

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小さいやさしい右手

 

ずっと昔。

森の、大きなかしわの木の中に、まものが一ぴきすんでいました。

 

この魔物はまだ子供で、使える魔法は、右手に欲しいものが入ってくるというものでした。

魔物は覚えたてのこの魔法を、誰かに見てもらいたいと思いましたが、魔物というものは一人前になる前に、人に姿を見せてはならないという決まりがありました。

魔物がいるかしわの木の前を、毎朝そろって姉妹が通り過ぎました。姉妹の母親は2人を差別しました。妹の娘は自分の本当の子供ではないので、錆びたカマを渡したのです。

それで妹の娘は、草を刈るのに手間取って帰りがいつも遅くなったのでした。

そこで魔物は、妹の娘に声をかけて、よく切れるカマを貸してやることにしました。

その時の合図は、やさしい声で、こう歌うのです。

 

小さいやさしい右手さん

あたしにかまをかしとくれ

氷みたいによくといだ

まほうのかまをかしとくれ

 

すると、木の影から魔物の手がにょっきりとのびて、研ぎ澄まされたカマがにぎられていました。

妹の娘は、そのカマを使って草刈りが早く出来るようになりました。

しかし、それを不審に思った姉の娘に秘密を知られてしまい、母親に告げ口をします。

母親は妹の娘よりも朝早く来て、マネをして歌を歌うと、木の後ろから黒い手がのびてきて、ピカピカのカマを差し出しました。

そうして母親は、そのカマをひったくると、いきなり、魔物の手の上に降りおろしたのです。

こうして、魔物の子供は、右手を失くしてしまったのでした。

 

まものは自分の手を切ったのは、てっきり、あの子なのだと思っていました。

とつぜんうらぎられたおどろきは、十日たっても、二十日たっても、まものの胸から、はなれませんでした。

 

そうして、何か月かすぎ、まもののこのおどろきは、やがてかなしみにかわりました。

まものはこのとき、かなしいということを、はじめて知りました。

 

そして……そんなかなしみがたびかさなると、なみだのかわりに、まっ黒いいじわるな心がむらむらとわいてくるのが、まもののさだめなのでした。

 

そして魔物は、あの娘に、しかえしをしてやろうと考えるのです。

20年もかかって魔物は、人間の姿をほかのものに変えるという新しい魔法を身につけました。

人間の子供の姿になった魔物は、村へ行って、ギラギラした目であの娘を探しますが、なかなか見つかりません。

なぜなら魔物と人間の生きる時間の長さが違っていて、魔物はまだ子供のままなのに、人間はもう大人になっていたからです。

それでもやっと探しあてた娘は、粉屋のおかみさんになっていました。

粉屋のおかみさんは、魔物とは知らないで、やさしくしてくれてお菓子までくれたのです。

 

ああ、この人だろうか・・・でも、まさか・・・まものの片手は、なぜか、ぶるぶるふるえました。

 

まものは、とぎれとぎれにいいました。

「おばさん・・・お菓子をくれたあなたの手を・・・いきなり切ってしまうなんて・・・そんなこと、ぼくには、とってもできないな・・・ねえ、そうでしょ、そうじゃないの、おばさん」

 

おかみさんは魔物の腕を見て、なぜ、こんなことになってしまったの?と言って、涙を流します。

魔物はこのとき、初めて涙というものを見たのです。

そのうち、なんとなく、そして、だんだんはっきりと、まものは、ほんとうのことをしりました。

「ねえ、あなたじゃなかったの?」

 

「じゃあだれ? だれがしたの?」

そういう魔物に、おかみさんはこう言います。

「わからないわ。でも、もうその人のこと、ゆるしてあげられない?」

 

「ぼくには、とってもできないな」

しばらく、ふたりはだまっていました。

やがて、まものは、しょんぼりといいました。

「だって・・・あなたのいうことが、ぼくにはわからないんだもの。なぜそうしなきゃならないのか、どうしてもわからないんだもの」

そしてこのとき、まものは、はっとしました。

(それは、ぼくが、まものだからだろうか)

いまはじめて、まものは、自分がまものであることを、つくづくかなしいと思いました。

おかみさんの持っている、ひとかけらのすきとおったものを、自分もほしいと思いました。

 

そして、いまはじめて、まものの目から、ポロンと、なみだがおちました。

 

このお話は、とても大切な課題が書いてありますね。

そして、なかなか出来ません。

人を許すということです。

憎しみは憎しみの連鎖しか生まないとよく言われます。

どこかで、誰かが、許さないと、それは永遠に続いていってしまいます。

理屈ではわかるんですが、これは本当に難しいことです。

 

「ま、いっか。」

 

これです。

どんな小さなことでも、許すと、なんだか肩の辺りが軽くなったような気がしませんか。

「許せなかったら、許せない自分を許すといってください」

と言っているのは、斎藤一人さんです。

 

それにしても、魔物がいきなり裏切られた驚きから、悲しみ、それから憎しみに変わっていく心情が本当に良く書けていて心に伝わってきますね。

さて、このお話のラストは書かないでおきました。

 

赤いばらの橋

 

がけっぷちに、みどり色の鬼の子がこしかえて、遠くをながめていました。

がけの下は、ぞっとするほどふかい谷で、そのむかいがわにも、やはり、切りたったがけがありました。

 

小鬼はがけの向こう側には何があるのか、知りたがっていました。

南側の森からは、きれいな音楽が聞こえてくるので、鬼ではないと思っていました。

そんなある日、赤いフェルトの帽子が強風で飛ばされてきたのです。後ろにはリボンがあって、甘いにおいもします。

小鬼は、この赤い帽子の持ち主は、「いいにおいのする、かわいい女の子」だと思いました。

そこで、返してあげようと思い立ちます。

仲良しの鬼の女の子に、三つ編みのやり方を教えてもらうと、蔦を三つ編みにして、崖の間につたの橋を渡します。

小鬼はつたの橋を渡って、崖の向こう側へと行くのです。

 

南のがけの上には、魔女が住んでいました。魔女は森の中に大きなバラ園を持っていました。

魔女には小枝という娘がいて、バラ園の真ん中の香水工場で働いていました。

そこからよく耳にしたやさしい音楽が聞こえてきます。

 

「ああきっと、ここにいるんだ」

小鬼は、塔にかけよって、大きな声でよびました。

 

すると、音楽がやみ、とびらがぱっとあいて、顔をだしたのは、いじけたように小さい女の子でした。

灰色の髪は、ほうきのようにボサボサで、まるで、イタチみたいな顔をした、魔女のむすめでした。

 

小鬼はがっかりします。

するとその魔女の子は、「あんた、母ちゃんに、みつかりゃしなかった?」と聞きます。そして、

見つかったら捕まえられてしまうといって、小鬼をかくまってくれて、マンドリンを弾きはじめます。

 

小鬼は、ついさっきまで、遠くのがけできいていたこの楽器を、こんなにも近ぢかと見ることができるのが、夢のような気がしました。

それにしても、目のまえにいる、この女の子は、なんてみっともないのでしょう・・・小さな頭に、赤い帽子をのせて、いっしんにマンドリンをひいているすがたを見ているうちに、小鬼はなんだか、もの悲しい気持ちになりました。

 

マンドリンの調べやかわいい赤い帽子を見て、小鬼はかわいい女の子を想像してきたのでしょう。

現実はまったく違っていてがっかりしたのですが、その先には、こう書いてあります。

 

けれど、とろけるような花のにおいの中で、きれいな音楽をきくよろこびを、小鬼は、はじめてしったのでした。

 

そしてまた魔女の子が、母親の魔女から何度もかくまってくれてから、少しずつ気持ちが変化していくのです。

 

「おくってあげるから、早くおかえりよ。でもあんた、いったい、どうやってここへきたの」

小枝は、やさしくききました。

「ぼくは、橋をわたってきたの。たった一本のつたの橋」

「つたの橋? それじゃ、早くしないとあぶないよ。母ちゃんは、大きな花ばさみを持ってるの」

「そう・・・」

このとき、小鬼の目に、女の子のすがたは、とてもなつかしいかわいいものにうつりました。

「こえだちゃん・・・」

小鬼は、はじめて女の子を名まえでよびました。すると、きゅうにかなしくなりました。

 

小鬼の気持ちの変化が、丁寧にすくいあげて書いてあるのがよくわかるところです。

これは星の王子さまでいうところの、ただのバラが、特別な1本のバラになるところと同じだなって思います。

 

お話はこの後もつづきますが、それはお楽しみにとっておきましょう。

 

作者・安房直子

1943年、東京に生まれる。日本女子大学国文科卒。

在学中より山室静氏に師事。

「目白児童文学」「海賊」を中心に物語を発表。

「さんしょっ子」第3回児童文学者協会新人賞、

「風と木の歌」第22回小学館文学賞、「遠い野ばらの村」第20回野間児童文芸賞、

「花豆の煮えるまでー小夜の物語」赤い鳥文学賞など多数。

 

 

 


北風のわすれたハンカチ (偕成社文庫) [ 安房直子 ]

 

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炎上される者になれ! 堀江貴文/感想・レビュー

現代を生きていると、本当に「無駄なもの」が多い。

無駄なものは、僕たちから時間や気力などの大事な資源を奪っていく。

 

とありました。

そうか、これだったのか!

気力を奪っていたのは、無駄なものだったのか!

と気づかされます。

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炎上される者になれ! 堀江貴文・著/ポプラ社

お題「我が家の本棚」

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その無駄なものとして、ホリエモンがあげているのが、

・他人の正義

・妬み嫉み

・感情論

・慣習

・駆け引き

・嘘

などです。

 

「こんなことしたら、人にどう思われるだろうか?」

「こんなことを言ったら、変に思われないだろうか?」

などと、うじうじ考えてしまう人は、結局、それをやりたいのではなくて、自分の中でやらないための言い訳を探しているだけ。

本当にやりたいことなら、人の目なんか気にせず、どんな障壁があってもやってしまうはずだ。

 

それはそうなのです。

もし、ほんとうにやりたいことだったら、なんでやるのかな~んてことは考えないかもしれない。

そして、誰かに何か苦情とか批判とか言われてから、その返答をというように、順番が逆になりますね。

しかし、ホリエモンはそういう批判とか文句を言ってくる人に、逆にこう言っています。

 

人の発言の揚げ足取りをするのは、自分がやりたいことに熱中していない証拠だ。自分が熱中していたら、そんな暇な時間はないはずだ。

人のふりばかり見て文句がいいたくなったら、あなたの熱中度が足りないサインだといっています。

そのエネルギーを自分が好きなことに注がなければならない

これが、「無駄なもの」なんですね。

 

正義感についても、

自分が正義だと思っていると、相手の反論すら許さず、とことんまでやってしまうのだ。

と、言っています。

確かに正義というものは絶対的なものではなく、人によって価値観がちがいます。

それで、しばしば悲劇が起こったりしています。

国と国との正義がまちがった方向でぶつかると、戦争になったりもします。

 

その対処法として、ホリエモンは、他人の「正義感」はスルーするのだそうです。

生真面目な人はなかなか出来ないことです。

自分の正義がその場の議論に勝って多数を味方につけたとしても、それが必ずしも正解ではないということです。

 

誰だって、皆から好かれたいし「愛されキャラ」でありたい。

でも、仕事をするなら、自分の好きなことをするなら、「9割の人に嫌われても、1割の人から好かれればそれでいい」と思う。

最終的に、少数の信頼できる仲間ができれば、それで人生はうまく回っていくはずだ。

 

人に裏切られたとしても、「人間ってそういうものだよね」と意に介さない。

裏切るという行為は、相手の課題なのである。だから、それは切り捨てる。つまり、考えないのだ。

 

ここには確固たる信念が垣間見えます。

全員に好きでも嫌いでもないと思われるなら、むしろ嫌われたいとまで言っています。この信念を支えているのが、

「自分の幸せ」の追求を、「周りの幸せ」につなげるという考え方で、これはホリエモンの根底にあるようです。

 

自分の好きな仕事に心血を注げることほど幸せなことはない。

さらにその仕事が、「周りの幸せ」につながれば、言うことはないだろう。

 

と言い、たとえば「がん撲滅プロジェクト」という大きな計画に携わっていて、「予防医療普及会」という組織をつくったのだというのです。

こういうホリエモンの側面は、あまりマスコミは紹介しないけれど、だからこそ、あれほど周りから批判されても、たじろがないのでしょう。

「僕は幸せ。そして、周りが幸せだともっといい」

ホリエモンはそう語っています。

 

このようにホリエモンはこの本「炎上される者になれ!」で、あなたからエネルギーを奪っていくさまざまなものをあげて、

その対策について、自分がどうとらえて、どのように対処しているかを語っています。

ご自身の実体験を踏まえてです。

要約すれば、

 

自分が本当に好きなことを、他人の目や批判などを気にしないでやって、

もっと自由に生きたらいいですよ。

そして、自分の好きなことが、周りの人を幸せにできたら、もっといい。

 

という、至極まっとうなご意見を述べられています。

ところが、ホリエモンが言うことが素直に受け止められない人が多いのも事実です。

ホリエモンはこう言っています。

 

炎上なんてこわくない。

むしろ、コスパがいい。

 

凄いこと言っていますね。

こういうことをいう人を、私は他に1人しか知りません。

それは今、ユーチューブ大学で活躍している中田敦彦さんです。

あの方も、同じようなことを言っていました。

 

強いですね。

つまりこれは、トラやライオンの生き方なんです。

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確かにこうすれば、人生から無駄なものを排除して、スッキリと活動できるでしょう。

「生涯の友」はいらない。

と言っているのですから、一匹オオカミのような印象も受けます。

 

しかし、それはウサギには無理なことです。

スイミーにとっても。

「自分が言いたいことを言ったら炎上してしまい、夜も眠れません」

とか、

「無視されてしまい、寂しいです」

なんていうのがオチです。

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ではこの本は、私のような繊細さん気が小さい人にとって、役に立たないかというと、そうでもありません。

たとえば、ここ。

 

ちょっと人と違った意見を言ったり、他の人がやらないことを始めたりすると、

ツイッターのフォロワー数が減ったり、知り合いがフェイスブックで悪口を書いているのが目に入ったりすることだってある。

けれども、そんなことは関係ない。

誰だって人と価値観や考え方が合わなくて、ツイッターのフォローを外すことはあるし、

「悪口」ともとられかねないことを軽い気持ちで文字にしてしまうことだってある。

そんなことにいちいち過剰反応していたら、1ミリも前に進めない。

 

こういう言葉に、救われたりする人も多いでしょう。

今の私も、すごく自信になりました。

なにしろ私は、他人の顔色や言葉が気になってしまい、行動が委縮してしまううさぎタイプなのですから。

そして、他人に振りまわされてしまう・・・という、とても残念な性格を持っています。

うさぎにはうさぎの、

ペンギンにはペンギンの、

オランウータンにはオランウータンの生き方があります。

でも、時どきは、あるいはちょっとだけ、ライオンの生き方を取り入れてみるのも悪くはありません。

それであなたの生き方が、もっと良くなるのであれば。

もちろん、羊さんにとっても・・・・。

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ところで、あなたは・・・

あなたは、たとえると何になるのでしょうか?

 

 

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なんだか急に肌寒くなってまいりましたね。

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万年筆で文字を書くのにハマっている・・・たった1つの理由

はてなブログ10周年特別お題「10年で変わったこと・変わらなかったこと

 

私は文字を書くのが好きだ。

そして、自分が書いた文字も、好きだと思う。

 

小学校に入ったとき、私は自分の名前が書けなかった。

他の子は、だいたいみんな書けていたようだった。

たぶん、前もって学校から、『自分の名前が書けるようにしておいてください』というお知らせがあったのかもしれない。

あるいは幼稚園や保育園で、先生に教わるとか。

 

残念なことに、毎日働きづめだった母から、文字を教えてもらえなかった。

母は生活費のほかに、父の入院費用まで稼がなければならなかったのだから。

とうぜん幼稚園や保育園にも行っていなかった。

私は毎日、自由だった。

つまり、ほったらかしにされていた。

 

学校で使ういろんな文房具にも、名前が書いていなかった。

そして、数を数えたりするときに使う小さなおはじきや細いぼうをなくして、私のだけ、『名無しのゴンべさん』といわれて恥ずかしい思いをした。

 

ひらがなを学校で覚えた。

みんなはもうすでに、名前だけじゃなく、ひらがなくらい書けるようになっていたから、こくごのひらがなの授業が進むのが、すごく早かった。

「あ」から始まり、自分の名前ぜんぶ習うには、ひらがなの後ろのほうの文字が、2つ入っていた。

そういう時に、絵とか算数とかの提出物があったら、となりや前や後ろの子に、「書いて」とたのんで、自分の名前を書いてもらっていた。

 

ひらがなを全部習い終わる前に、なんとか自分の名前が書けるようになった。

うれしいというより、これでようやく、みんなと同じスタートラインに立てたと思った。すでに夏休みになっていた。

 

小学3年のとき、広い通路があるところが私たちのクラスの掃除の担当になった。ここには学年全部のお知らせなどが貼ってあって、みんなが見るところだった。

ここに「書きとり」の上手な子のお手本が、1枚張られてあった。

「なんて上手いんだろう」と思った。お掃除の時間には、いつもほれぼれとながめていた。

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中学になったとき、その子と同じクラスになった。やっぱりその子の字は、整っていて美しかった。

休み時間に5~6人で集まって、わいわいと他愛もないことを話していたら、その子の字が上手いという話になった。

その子は、小さいころから、習いに行っているのだと言った。

 

さんざん誉めたあと、

でも、誰だって、自分の名前だけは、その子よりも上手く書けるね、となった。

1人1人書いていって、並べてみると、確かにそうだった。

その子の字は上手いけれど、自分で書いた自分の名前だけは、だれでもみんな、その子に負けずに上手く書けていた。

私にも、みんなが書いてみてと言った。私は書いた。とうぜん、みんなは私の方が上手いというと思ったのだ。

ところが、私が書いた自分の名前だけは、その子の方が上手いとなった。

そうだね、と言って、私はへらへら笑っていたように思う。

 

だけど、その日、その瞬間から、私は美しい文字を書きたいと、心の底から思うようになった。

家に帰ってすぐに、もう一度、ていねいに自分の名前を書いてみた。何度も書いてみたけれど、気に入らなくて破いて捨てた。

相変わらず習いには行けなかったが、安い書きとりの本を買ってきては練習をくり返した。そうやって、いつでも、常に、美しい文字を書こうと心がけてみた。そして、いつしかそれが習慣になっていた・・・。

 

それから長い年月が過ぎて、ある日、義母がこう言った。

「〇〇さんの字が上手いのは、遺伝ね」

実母は、右上がりの角ばった字を書く人だった。

実父の字は、見たことがない。なぜならずうっと入院したまま、逝ってしまったのだから。

私の今の文字は、長い歳月の積み重ねでやっと獲得したものだということを義母にわかって欲しかったけれど、

「みんな、そうだもの」と言って、反論をする余地がなかった。

 

どうなんだろう、私が書く文字は美しいだろうか。

 

上手いも下手も相対的なもので、評価はいろいろだと思う。

ただ、私は自分が書く文字が好きなのだ。

万年筆で書く文字は特に・・・。

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10年前はボールペンばかり使っていたけれど、今はこうして万年筆で文字を書くことを心の底から楽しんでいる。

 

はてなブログ10周年特別お題「10年で変わったこと・変わらなかったこと

 

f:id:sakurado:20210326161259p:plain みなさん、こんにちは。いつもご訪問をありがとうございます!!

万年筆にはいろいろな色を入れて楽しんでいますが、

今日はモンブランの Irish Green を使ってみました。

この深い緑はいい。

こういう深い緑は、森の中を歩いているような気分にさせてくれる

・・・もちろん、言葉の森だけれど。

 

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おかあさん、げんきですか。/後藤竜二・作/感想・レビュー

「おかあさんに、感謝の手紙を書きましょう」

って先生にいわれて、げんきは手紙を書きはじめます。

だけど、ユースケや他のみんなのように、

「いつもごはんをつくってくれてありがとう」

なんて、ありきたりの言葉ではありません。

げんきが書いたのは・・・

 

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後藤竜二 作/武田美穂 絵  ポプラ社

お題「我が家の本棚」

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おかあさん、ぼくはもうあかちゃんではありません。

小学4年生です。

「わかった?」といわれなくても、わかっています。

しんぱいしないでください。

 

げんきはおかあさんに、ほんとうにいいたかったこと

を、書くのです。

 

「ごみばこみたい!」とかいって、

ぼくがたいせつにしていたものを、ぜんぶすてちゃったじけんです。

ぼくはショックで、1週間くらい、口もききませんでした。

おかあさんはもうわすれたかもしれないけど、

ぼくはまだうらんでいます。

 

ぐちゃぐちゃの落書きのような絵も、青い小石も、

おんぼろな穴あきスニーカーも、それから、

汚れたぬいぐるみのキリンさんも、みんな思い出がつまったものだったのでした。

 

スニーカーは、初めてユースケに勝ったときに履いていたものでした。

ぬいぐるみのキリンさんは、おとうさんがいたころ、サンタさんにもらったものでした。

虫食いだらけのドングリは、

2年生のとき、学校でたたされるのがいやで、学校の裏山にかくれていたら、

おかあさんが会社をさぼってぼくをみつけてくれたのでした。

そのときに、二人で拾ったドングリでした。

 

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もう、みんな、なくなっちゃった。

もう、しょうがないけどね。

またいろいろたまってきたから、さみしくはありません。

しんぱいしないでください。

ぼくのへやのことは、ぼくにまかせてください。

 

そして、カッカッカッとハイヒールで歩くお母さんに、

 

「カッコいい!」って、カオルちゃんはおかあさんにあこがれてるけど、

あんまりがんばらないでください。

ハイヒールでコケたりしないでください。

 

と、つづくのです。

小学4年生の男の子の、おかあさんを思うほんとうの気持ちが、この短い絵本のなかに、ぎゅうっと凝縮されて詰まっているように思いました。

最初は文句をいっぱい並べ立てているのです。

でも、それって、本当にそう思っているのです。

おかあさんって、ウザいって、(私は男の子ではありませんが)

後藤竜二さんが少年だったころに、そう思っていたのかもしれません。

どの言葉にも、ウソはないようです。

そうして、それよりも、もっともっと、おかあさんのことを大事に思っているというのが、ドングリの辺りからだんだんとわかってきます。

 

そして、捨てちゃったものはしかたがないと、おかあさんのことをゆるして、

そこから一歩、前へと歩き出していこうとしています。

本当におかあさんが大好きなんだなあ・・・と、ラストでわかるのです。

 

おかあさんのほうも、学校からいなくなったげんきを心配して、会社をほったらかして、探しにきたのです。

そこで、ああ無事で良かったっていうのが、いっしょにドングリを拾って帰ったというところにちゃんと書いてあります。

怒ってばかりいて、げんきの大事なものをぽいぽい捨ててしまうおかあさんだけど、おかあさんだって、げんきが何よりも大事なんだってことがわかります。

 

武田美穂さんの絵もいいですね。

げんきが描いたこわいおかあさんの絵がずうっとあって、ラストのページにちょこっとだけおかあさんの本当の姿が描いてあって、その違いに、あなたはきっとがく然とすることでしょう。

 

いまは断捨離というのが流行っていますが、それはそうなのです。でも、

 

ぐちゃぐちゃにして、なつかしいものたちにかこまれていると、やさしいきもちになれるのです。

 

これもそうなのです。

だから、この本は今でもずっと手元にあるのです。

 

「信じられる言葉を書いていきたい」

 

と、

後藤竜二さんはいつもそうおっしゃっていました。

 

作家 後藤竜二(ごとうりゅうじ)

 

1943年、北海道に生まれる。早稲田大学卒業。

『天使で大地はいっぱいだ』が講談社児童文学新人賞佳作を獲得しデビュー。

主な作品に『白赤だすき小〇の旗風』『少年たち』(いずれも日本児童文学者協会賞)

『故郷』(旺文社文学賞)『野心あらためず』(野間児童文芸賞)

「12歳たちの伝説」シリーズ、「1ねん1くみ1ばん」シリーズ、

『紅玉』など多数。

日本児童文学者協会会員。「季節風」同人。

 

■画家 武田美穂(たけだみほ)

 

1959年、東京都に生まれる。日本大学芸術学部中退。

自作の絵本に『となりのせきのますだくん』(講談社出版文化賞・絵本賞/絵本にっぽん賞等受賞)にはじまる「ますだくん」シリーズ。

『ふしぎのおうちはドキドキなのだ』(絵本にっぽん賞)

『すみっこのおばけ』(日本絵本賞読者賞/けんぶち絵本の里大賞)

『ありんこぐんだんわはははははは』など多数。

 

 

おかあさん、げんきですか。 (絵本・いつでもいっしょ) [ 後藤竜二 ]

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感想(12件)

 

 

f:id:sakurado:20210326161259p:plain みなさん、こんにちは。いつもご訪問をありがとうございます!!

どの本もこの本も、読み返してみれば新しい発見があります。

後藤さんの本もいただいた時にちゃんと読んだつもりだったのに、

ちゃんと読んでいなかったことに気づかされます。

それより、私が未熟すぎたのだ。。。。

f:id:sakurado:20211015094833j:plain また、あとで読もう。何度もなんども読もう・・・。

 

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編集者ぶたぶた[ぶたぶたシリーズ]矢崎亜在美/感想・レビュー

編集者ぶたぶたには、5つのお話がありますが、

山崎ぶたぶたさんはもちろん、編集者になって登場します。

もっとも1編だけは、元編集者になっていますが。

 

ぶたぶたさんは主人公ではないんですが、どのお話でも、主人公の悩みを素敵に解決に導いていきます。外見はぶたのぬいぐるみなんですが、中身はとてもすてきなおじさまなんですよ。

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編集者ぶたぶた/矢崎 在美 作/光文社文庫

お題「好きなシリーズもの」

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📚書店まわりの日

 

大手出版社が立ち上げたウエブマンガ雑誌で連載中の伊勢千草は、対人恐怖症気味で、人と会うのが苦手な中年のマンガ家さん。

少女マンガ家としてデビューしたものの、あまりパッとしないまま連載が打ち切りになって、バイトに明け暮れているところを、ぶたぶたさんから声がかかったのだった。

ちょっと、あの~、ヘルパーになったマンガ家さんのことが、脳裏をよぎったりもします。

 

千草が対人恐怖症になったのは、友達だと思っていた子がとつぜん態度を変えて、悪口を言われたり仲間外れにされたりしたことが原因とか。

そういうわけで、担当者の山崎ぶたぶたさんとは、電話とスカイプで話しているだけ。

でも、渋い男性の声で、とても心地よい。こっちが言葉が出なくても、静かに待っていてくれる・・・のだという。

スカイプでは画面にぶたぶたさんが映っているが、それはぶたのぬいぐるみを出しているのだと思っているのです。

 

そのぶたぶたさんが新刊を出すにあたって、「書店まわりをしてみませんか?」

と言ってきます。

悩んだすえ、ぶたぶたさんが一緒なら大丈夫だろうとOKします。

ここからですね、ぶたぶたさんの本のお約束の出会いの瞬間が訪れます。

 

池袋で待ち合わせをしたが、それらしい人はいなかった。いたのは、バレーボールくらいのぬいぐるみだけ。

「今日はよろしくお願いします」ぬいぐるみがぺこりと頭を下げる。

・・・声が出ないので、ガクガクとうなずく。

 

おもしろいですね。人ごとながら、なんだか愉快です。

この後、新宿、池袋、渋谷、東京、お茶の水、神保町などの大きな書店をめぐって、「よろしくお願いします」と挨拶をするわけなんですが、なんとなくあの書店かな、

と情景が浮かんできてなんとなく懐かしかったりもします。

「一日、知らない人とばかり会って緊張したけど、うれしさが上回って、びくびくする暇もなかった」

書店まわりが終わって、高層ビルの地下パスタハウスで食べていたら、なんと、となりの女性が千草の新刊の本を出すのです。

 

これは衝撃的です!

多くの作家さんにとって、自分の本を読んでいる人を目撃するのは、感動的な瞬間なのです。夢ともいえますね。

千草はこの女性に、声をかけたいのですが、できないのです。なにしろ、対人恐怖症気味なので。

ここでもぶたぶたさんが、そっと背中を押してくれて・・・。

 

📚グルメライター志願

 

高校までスキーの選手で、今は大手のスポーツ用品店の広報課で勤務していいる若松成久は、上司の誘いであちこち食べ歩いているうちに食に関心を持つようになります。

いつしか美味しい店を自分で探したり、コンビニの新商品やカフェのスィーツなどをブログで紹介したら、それが好評で、いつかグルメライターをやりたいと思い始めます。

 

そんな折、スキー部の先輩に、只野猫月(ただのねこづき)さんというグルメライターを紹介されて、取材の手伝いをすることになります。

ここへ一緒に来たのが、編集の山崎ぶたぶたさんです。

 

駅前のストリートシンガーの前に、ぬいぐるみが立っていて、歌がおわると、

ぽふぽふぽふ

どこかからそんな音が――ぬいぐるみが動いていることに気づく。

どういうことなのか、成久は混乱していた。

となります。

しかし、まあ、只野猫月さんが普通に接しているので、彼も自分なりに納得して、

(納得するんだ)一緒にアジアンスィーツのお店へと取材に行きます。

台湾スィーツらしいんですが、私はあまりこれ、知りません。でも、心配はいりません。なぜなら、注文しながら、解説を加えていくからです。

たとえば、こんなふうに・・・・

「豆花(トウファン)って豆腐みたいなものですよね?」

「そうです。甘くてつるつるした豆腐で、食感はプリンみたいなものですね」

千草ゼリーは、

「少し薬草のような香りが広がる。甘いがけっしてくどくない。つるんとしたゼリーだから、舌にのせるとすっと溶ける。後味がさっぱりしている」と。

 

こうやって、同じようなお店を何軒もはしごします。

どこでもしこたま注文し、パシャパシャ写真を撮って、すべてきれいに食べて、短時間でさっさと失礼するのくり返し。

成久はグルメライターの難しさを、肌で知ることになります。

読者も同じく。読者も、たぶん、おなかいっぱいになりますよ。

 

「最後に1軒だけ、寄ってもいいですか?」

ぶたぶたさんが聞きます。

「でもそこ、食べられないと思うな」と・・・。

 

📚長い夢

 

湊礼一郎は小説家としてデビューして10年。酒も飲まないし、パーティも苦手、あまり編集者とも会わないで過ごしてきました。

今は昔と違って、編集者が原稿を取りに来ることもないし、メール添付でOKだから、編集者と会うのは面倒です。

ところが、今度の編集者は、断っても断っても、「ぜひ、お会いしたい」と言ってきます。そこで会うことにしたのですが、待ち合わせのメールに、

「驚かせてはいけませんので書いておきますが、私はぬいぐるみです」

とあります。

もちろん、礼一郎は本気にはしていません。そして、会います。

 

「初めまして、山崎と申します」ぬいぐりみが片手を差し出しながら近寄ってきた。

夢かな・・・? 夢かも。そう思って、礼一郎はちょっと落ち着く。

 

礼一郎は常識人ですから、夢として納得するわけです。

夢だと思っているから、ふだんは言わないような心の内のことも、ためらわずに話してしまいます。こわいですね。

「何か書きたいものがありますか」と尋ねられ、いつもだったら配慮して言わないことをぺらぺらと話しはじめます。

他愛もない家族のことや父親のことを、編集者ぶたぶたさんの質問に答えて話しているうちに、構想がふくらんでいって、SFっぽくなったりします。

「こんなの売れないですよね」

「いや、面白そうですよ!」

となり、新境地を開いていくことに・・・・。

 

礼一郎はぶたぶたと一緒にラーメンを食べて別れるが、後で、夢ではなく現実であることを理解していく。そして、

「ラーメン、とても気に入ったので、来月の出張の帰りにまた食べに行こうと思っています。その時、またお会いできたらうれしいです」

編集者ぶたぶたからメールがあったのでした。

 

編集者ぶたぶたさんは、とても優秀な編集者さんですよね。こういう編集者さんを、作家はみんな欲しいのではないのでしょうか。

 

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📚文壇カフェへようこそ

 

大きな出版社で文芸の編集をしている堀川麻紀は、高圧的な上司からいつもダメだしをされて疲れきっていました。企画書がボツならまだしも、無視されていつまでも机の上に放り出されていたり、確認書類を後回しにされたり、彼の雑用を先にやらされたり・・・・。

特にひどいのは、麻紀が担当したいと思っていた若手の作家を、こきおろされ、絶対担当にさせないと言われたこと。

 

麻紀が仕事で疲れきって裏道をさまよっていると、古い雑居ビルで『文壇カフェ』に出会うのです。

文壇カフェ・・・なんだか、いい響きですね。

私も昔、新宿にある文壇カフェにいったことがありますよ。地下にあって、こう、落ち着いた感じで、ながく居座れるような・・・喫茶店でした。少々、お高かったですけどね。

この作品に出てくる文壇カフェは、ぶたぶたさんがオーナーなので、かなりステキな雰囲気です。ぶたぶたさんは、元編集者さんになっています。

 

大きな窓ガラスが鏡のように店内を映している。壁一面の本棚。本棚も壁も、分厚い一枚板のカウンターもテーブル席も、磨かれてピカピカだった。

壁ぎわには、ハンモックがいくつか吊られている。

音楽はほとんど聞こえないこらいのクラシックがかかっている。

 

ハンモックまであるなんて・・・。

で、出会いの瞬間は、こうなっています。

 

「いらっしゃいませ。こちらがメニューです」

目の前にピンクのぶたのぬいぐるみがいた。

ばっちり目が合って、麻紀は硬直する。

「大丈夫ですか・・・?」隣に座っていた若い女性に声をかけられる。

 

じつはこの女性が、一緒に仕事をしたいと思っていた作家さんだったんですね、後でわかるんだけど。

ぶたぶたさんは麻紀にも、作家さんにも、いろんなアドヴァイスをしてくれます。

「やっぱり、この作家さんと仕事がしたい」

と思って、麻紀はある決心をするのです。

 

とにもかくにも、こんな喫茶店、どこかにないでしょうかね?

 

📚流されて

 

不幸な結婚の末に離婚して、働きながら一人暮らしをしている50代の女性、福安かほりは、久しぶりに原宿をぶらぶらしたいと思って、電車に乗ります。

電車の中で、幼い子供が泣きだして困っているのを助けて、そのまま成り行きでついていきます。母親は大極明咲といって、仕事の面接に行くという。

子供の面倒を見ながら、その明咲についていって、かほりは編集者ぶたぶたに遭遇します。

 

「マグノリア編集部の山崎です」

そのぬいぐるみはトコトコ歩いて、こっちに寄ってきた。

え、何? こんな映画、この間見た気がする。

 

こうですね。そして、かほりも

「モデルのオーディションに参加してみませんか?」と誘われるのです。

50代の読者モデルの応募が無かったので。

 

明咲はオーディションに受かり、子供も保育園に入れて働きはじめ、かほりも1回だけでいいから、モデルをやってほしいと頼まれます。

かほりは人生をふりかえって、流されやすいと思っていましたが、

「流されるのがダメなんじゃなくて、その流れを信頼できるかどうかが大切」

だと。

そして、この流れを作っているのは、ぶたぶたさん・・・。

 

f:id:sakurado:20211013112733p:plain ぶたぶたさん、面白かったですね。

どの主人公も年齢も立場も性格もまったく異なるのですが、それぞれに悩みを抱えています。それがぶたぶたさんに出会うことによって、まるで魔法にかかったように、人生が好転していくのです。

とても後味の良い短編になっています。

ちなみにぶたぶた誕生のきっかけは、モン・スイユというメーカーが出しているぶたのぬいぐるみのショコラだそうな。

 

第5話のマグノリア編集部のマグノリアは、日本名の紫モクレンのことです。

ジャズ史上最高の女性といわれているビリー・ホリディが好きだった花で、いつもこのマグノリアを髪にさして歌を歌ったそうです。

じつは彼女の歌は美しいとは言い難く、声量もなく、声域も狭かったのです。

しかし、ビリーは比類のない表現力の奥深さがありました。

恋する女の喜びや、捨てられた女の悲しみを、ビリーほど美しく、深く、品位をもって歌える歌手は他にいなかったのです。

また他の楽器に耳を傾け、自分の声を効果的に使うという能力も持っていました。

 

 

作者:矢崎 在美さん

埼玉県出身。1985年、星新一ショートショートコンテスト優秀賞を受賞。

1989年に作家デビュー。「ぶたぶたシリーズ」のほか、「食堂つばめ」シリーズなど。

 

編集者ぶたぶた (光文社文庫) [ 矢崎存美 ]

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感想(2件)

 

 

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散歩コースは、お花屋さんめぐりもいいですよ。

秋です。

青空がきれいなこんな季節は、サイクリングやお散歩がいいですね。

私の散歩コースは、図書館めぐりと、お花屋さんめぐりがあります。

お花屋さんは家の近くに、4軒あるんですね。

散歩しながら、家々の木々やお花を観賞しながら、お花屋さんも眺めていきます。

 

今ごろだと、どのお花屋さんにも、秋桜がキレイな花を咲かせていて、

眺めているだけでも楽しい気分になります。

なんて安あがりな私なんでしょう!

 

そして、気に入った子(お花)があったら、

家に連れかえってきます。

これも、なんだか楽しいです。

どこに置こうかとか、どこに植えようかとか考えながら、あれこれ眺めているとわくわくしてきます。

 

樹木は気に入っても、ちょっと衝動買いはできません。

これから何年かしたら、どのくらいの大きさになるのかな・・・って思うと、

やっぱり躊躇してしまいます。

まあ、お花もそうなんですけどね。

けっこう、お世話が大変なこともあります。

 

そして、今回連れてきたのが、↓↓↓これです。

 

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お題「これ買いました」

 

これはお花は咲きません。

これ、なんでしょう・・・。もこもこっとして、ちょっとかわいい感じがします。

家の南側に、箱庭みたいな、こうコケが生えていてしっとりと落ち着いた空間をつくりたいなあ・・・なんて思ったりもしているのです。

でも、机に置いたら、なんだかいい感じの安らぎの空間になりました。

このもこもこを眺めならが、お茶を飲むのもいいかも、です。

 

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霧のむこうのふしぎな町/柏葉 幸子/感想レビュー

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霧のむこうのふしぎな町/柏葉 幸子/竹川 功三郎・絵/講談社

 

感想

主人公は小学6年生のぽっちゃりした女の子のリナ。

夏休みに「たまには変わったところもいいもんだぞ」というお父さんの勧めで、霧の谷というところへ向かった。

リナは1人で静岡から東京と仙台で電車を乗り換えて、無事目的の駅に降り立ったものの、すごい片田舎で、来るはずだった迎えもなく途方にくれてしまう。

迷子か家出と怪しまれながらも、すでに廃坑になったという銀山村の方角に行ってみる。そして、山の中のヒマラヤ杉の間を行くと、霧が立ち込めて・・・やがて霧が晴れると、目の前には西洋風のおしゃれな街並みが・・・。

 

とつぜん、風がブワーとふいた。森はいっせいにガサゴソといい、かさがぱっとひらいて、風にとばされた。リナは、つかまえようとしたが、かさは二本のヒマラヤすぎのあいだにかくれてしまった。リナは、かばんをつかむと、あわててそのヒマラヤすぎのあいだにとびこんだ。

 

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ここがファンタジーの入り口になります。

ファンタジーは入り口と出口が、とても大切です。

じつにリアリティがあります。リアリティがあると、本当のことのように思えて、そこから先へと、するすると不思議な世界に入っていけるのです。

リアリティがあるのは、もっと前の田舎の駅に降り立ったころの、

 

ホームが一つで、木のベンチが二つてあるだけの、小さな駅。舗装れていない道ばたの雑草にも、駅の建物も、土ばこりがあつくかかっている。そのせいか、町が白っぽく見える。一台の自動車と、二、三人人が、のろのろと動いている。はりきっているのは、太陽だけのようだった。

 

もしかして、あなたはこういう田舎をどこかで見かけたことがありませんか?

私の母の実家がこういうところでした。ここで、もう、ぐっとこの話に引き込まれてしまいます。

でも、こういう現実の世界もいいですが、ほんとうは誰でも、今とは違う、もっとすてきな場所へ行ってみたいと思っているものです。

どこか異国情緒があって、現実のいざこざから解放されるようなところへ。

 

この話は、最初の現実世界の描写がとても上手いので、そのままファンタジーの中へ無理なく入っていくことができます。

入ってしまえば、とりあえずは何でもござれで、作者のルールがこの物語の世界を支配します。なんて楽しいことでしょうか。

読者はいっとき、この憂さの多い現実から逃れて、楽しい物語の世界で遊べるのです。

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森の深い緑の中には、赤やクリーム色の家があり、石だたみの道は雨がふったあとのようにぬれていた。森の中に、たった6けん。しいんとしてだれもいないようだ。まるで外国へでもきたみたいだった。

 

さて、ここはあの人気番組の“ぽつんと一軒家”ではなくて、ぽつんと6軒家です。しかも、西洋風の街並み

1つがリナが泊まることになる下宿屋ですが、他の5軒は、本屋、海の店、せとものの店、お菓子屋、おもちゃ屋などのお店なのです。

そこの店主も、それぞれ個性豊かな人達ですが、売っているものも面白いし、そのお客もどこか変です。

それに、そもそもこんな山深い森の中へ、いったい誰が買いに来るというのでしょうか?

 

そしてまた、リナが泊まることになったピコット屋敷という下宿屋は、家主のピコットおばあさんはじめ、下宿人もみんな変わり者ばかりです。

大きくて丸くて真っ赤な鼻をしたイッちゃん。真っ白いかっぽう着を着たキヌさん。名コックのジョン。それから、金色の毛で、緑色の目をした大きなねこのようなジェントルマンなど、個性豊かなキャストばかり。

なんとなく面白そうな展開を予想させてくれます。

 

ピコットおばあさんは、「働かざる者食うべからず」といって、リナにそれぞれの店に働きに行かせます。

そうして、色いろな事件や出来事に遭遇して、やがてリナは『霧の谷』の秘密に気づいていきます。

たとえば、本屋さんでは、

 

「おかしいなあ。あそこをまがると、いつもの古本屋のはずなんだけどな。こんな店あったかな」

 

といいながら、予備校通いの学生が入ってきて、詩集を持っていきます。

店主が代金はいらないといったので。そして、この店のことをこう説明します。

 

「この町は、いろんなところとつながっているの。距離なんてないの」

 

不思議ですね。でも、こんなお店がどこかにあったならって、思いませんか。

向かいの海の店「バカメとトーマスのいる店」では、

 

ここへ海の男だという船長が、ふらっとやってきます。

彼の父も祖父も船乗りだったのですが、自分の船を持てませんでした。祖父はいつか自分の船を持ったら、船長室に置くのだといって1つのランプを大切にしていました。

男はやっと船を持てたが、祖父から受け継いできたランプを、シケで失くしてしまったのです。

そのランプが、なぜかこの店にあるのです。

 

「そうだ。これだ。まったくおなじだ。ここにネプチューンの像がついている。これだ」

と、手にとってうれしそうにながめた。

船長さんは、ランプをなでまわしながらきいた。

トーマスは、

「いりませんよ。あんたのものだから」

とこたえた。トーマスの茶色の目は、きらきらひかった。

 

この『霧のむこうのふしぎな町』は、ファンタジーですが、大冒険も、壮大な魔法も、激しい戦いもありません。こんな所はあるはずがないのに、もしかしたらどこかにありそうな町のような気がしてきます。

出てくる人達もちょっと変わりものですが、なれ親しんだ誰かのようで、愛すべき人物ばかりです。

ただし、この『霧の谷』に行くことができるのは、リナのような心を胸に秘めた人だけかもしれません。

なぜなら、このファンタジーは楽しいだけでなく、ちょびっとだけ真実も混ぜてあるのですから。

せともの店でシッカが粉をふりかけて、せとものが本当の姿になったように、

もしかしたら、大切なメッセージがどこかに隠れているかもしれませんよ。

 

作者 柏葉幸子(かしわば さちこ)

1952年岩手県に生まれる。東北薬科大学卒業。

1975年講談社児童文学新人賞を受賞。

同書にて日本児童文学者協会新人賞を受賞。

「地下室からのふしぎな旅」「天井うらのふしぎな友だち」

「ふしぎなおばあちゃんがいっぱい」「かくれ家は空の上」

 

 

霧のむこうのふしぎな町 (新装版) (講談社青い鳥文庫) [ 柏葉 幸子 ]

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感想(42件)

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感想(2件)

 

お題「我が家の本棚」

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