冷たい雪で牡丹色になった子狐の手を見て、母狐は毛糸の手袋を買ってやろうと思います。
その夜、母狐は子狐の片手を人間の手にかえ、銅貨をにぎらせ、かならず人間の手のほうをさしだすんだよと、よくよく言いふくめて町へ送り出しました。
手ぶくろを買いに/新美南吉・作/黒井健 絵/偕成社
黒井健さんの挿し絵は、挿絵というよりもそれぞれが一枚の絵画のように美しいのですが、新美南吉さんの文章はため息が出るほど美しくその情景が書かれていて、まるで動画のように胸の中に再生されてきます。
たとえば雪が降った朝、子狐が初めて雪を見たときの反射から「目に何かか刺さった」と表現するところや、遊びに行ったときのようすがとても美しいですね。
真綿のように柔らかい雪の上を駆け廻ると、雪の粉が、しぶきのように散って小さい虹がすっと映るのでした。
すると突然、うしろで、
「どたどた、ざーっ」と物凄い音がして、パン粉のような粉雪が、ふわーっと子狐におっかぶさってきました。子狐はびっくりして、雪の中にころがるように十米も向こうへ逃げました。何だろうと思ってふり返って見ましたが何もいませんでした。
それは樅の枝から雪がなだれ落ちたのでした。まだ枝と枝の間から白い絹糸のように雪がこぼれていました。
この美しいリアリティのある情景に、子狐のようすが描かれるので、そのまますっと物語の世界に入っていけるのです。
暗い暗い夜が風呂敷のような影をひろげて野原や森を包みにやってきましたが、雪はあまり白いので、包んでも包んでも白く浮かびあがっていました。
この比喩の表現も美しくリアリティをもって迫ってくる情景ですね。
そうして、ついに子狐は、目指すお店にたどりついて……
子狐は教えられた通り、トントンと戸を叩きました。
「今晩は」
すると、中では何かことことと音がしていましたがやがて、戸が一寸(約3センチメートル)ほどゴロリとあいて、光の帯が道の白い雪の上に長く伸びました。
子狐はその光がまばゆかったので、めんくらって、まちがった方の手を、―お母さまが出しちゃいけないと言ってよく聞かせた方の手をすきまからさしこんでしまいました。
……とあります。
さて、このお話に出てくるのは、母狐と子狐と帽子屋さん、それから声だけで人間の母子が出てきます。
母親は子供を寝かしつけようと子守唄を歌っています。すると子供が、
「母ちゃん、こんな寒い夜は、森の子狐は寒い寒いって啼いてるでしょうね」
って聞いてきます。すると母親は、
「森の子狐もお母さん狐のお唄をきいて、洞穴の中で眠ろうとしているでしょうね」
というのです。
ここでは人間の母子と、狐の母子が、同じように語られているのですね。なんとなく人間の親子の情愛も、狐の親子も同じだと語っているように聞こえてきます。
描いてあるのは美しくも冷たい雪の情景のなのですが、この親子の温もりと帽子屋さんの思いやりが、とても温かく感じられる物語になっています。
お母さん狐は、
「……ほんとうに人間はいいものかしら。ほんとうに人間はいいものかしら」とつぶやきました。
新美南吉氏は、こんな文章でお話を閉じています。
これは母狐が自分に問うたのですが、それはとりもなおさず読者1人ひとりに向けた問いなのだろうと思いました。
このお話は「大人の絵本の名作シリーズ」の中の絵本ですが、小学校中級以上にも向いていて、全国学校図書剪定協議会選定、日本図書館協会選定にもなっています。
作・新美南吉氏
1913年愛知県に生まれる。東京外国語学校英語部文科卒業。
中学時代より文学に興味を持ち、童話・童謡・詩・小説などを書き続ける。
1943年没。その作品は民芸的な美しさと親しみを深さを感じさせ、今も多くの人に愛されている。
主な作品に「ごんぎつね」「手ぶくろを買いに」「おじいさんのランプ」などがあり、全業績は『校定・新美南吉全集』(全12巻・大日本図書)に網羅されている。
価格:1540円 |
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