ただかれは、ていねいに
一粒ずつ、一粒ずつ、
荒れ地にドングリを埋めこんでいった。
かれは、カシワの木を
植えていたのだ。
あすなろ書房
木を植えた男 ジャン・ジオノ 作/寺岡 襄 訳/黒井 勉 絵
今週のお題「読書の秋」
わたしは、巨大なアルプス山脈の末端が入りこんだ南アルプスのプロヴァンス地方の、旅人が足も踏み入れぬような古い山の辺の道を、若い足にまかせてつき進んでいた。
大変な荒れ地で、どこまで行っても草木はまばらで、生えているのはわずかに野生のラヴェンダーばかりという荒れ地で、そこを3日ほど歩き続けて辿り着いたのは・・・見るも無残な廃墟だったのです。
屋根が吹きとび、風雨にさらされたままの五、六軒の家々と鐘楼のくずれおちた協会が、わずかに昔の活況を物語るばかりで、人びとの生活の気配は消え失せていた。
とあります。
わたしはここでのキャンプをあきらめて、さらに5時間ほど歩き続けますが、水はどこにも見つからず、どこまでも広がる広い荒野があるばかりでした。
その時、はるか彼方に、1本の木のようにぽつんと立っていた羊飼いの男が、この本で語られている人物です。
男は、皮袋の水を飲ませてくれ、彼の家に連れていってくれます。
どっしりとした石造りの家で、部屋はさっぱりとかたづいていました。
一息ついて男をみれば、身づくろいもきちんとしていました。
男は温かいスープをふるまってくれた。
犬も飼い主同様に、まことに静かな性格で、ごく自然になついてくれた。
その晩、男はテーブルにどんぐりを広げて、選り分けはじめます。
小さめのものやヒビの入ったものを取り除けて、無傷のどんぐりを百粒を袋に入れると、翌朝、どんぐりの袋をバケツの水にちょっと浸して、腰にゆわえて放牧に出かけるのです。
やがて、めざしたところに着くと、男はさっきの鉄棒を地面につきたてはじめた。
そうしてできた穴の中に、こんどは用意したどんぐりを1つ1つ埋めこんでは、ていねいに土をかぶせた。
かれは、カシワの木を植えていたのだった。
あなたの土地ですか? とたずねると、いいや、と首をふるばかり。
だれの土地化とかずねても、共有地なのか、私有地なのかは知らないが、そんなことはどうでもいいさ、とただただかれは、ていねいに、百粒のどんぐりを植えこんでいった。
その後、第1次世界大戦がはじまり、5年の歳月をわたしは戦場で過ごし、戦争からもどると再びあの荒れ果てた地へと行ったのです。
男は戦争などどこ吹く風と木を植え続けていたのです。
1910年に植えたカシワが10歳になり、わたしやかれの背丈を越えていたのでした。
林は3つの区域に分かれて、総体の長さ11キロメートル、最大幅3キロメートルほどの広さになっていました。
カバの木たちは、若者のようにすっくと立ち、みずみずしさにあふれていました。
さらに村ぞいに降りてゆくと、小川のせせらぎに行きあたりました。
風もまた種をまき散らす役目を果たした。
水がふたたび湧きだすにつれ、ヤナギは芽を吹きかえし、小さな牧草地や菜園や花畑がつぎつぎに生まれて、生命の息吹がよみがえった。
思わぬ森の出現に森林監視官がやってきたり、政府の派遣団が視察にきたり、第二次世界大戦では燃料にするためにカシワが伐採されたりもしました。
時には、1万本のカエデの苗木が全滅することもありました。
しかし、男はただもくもくと木を植えていたのです。
最後にエルゼアール・ブフィエに会ったのは、1945年6月のことだった。かれは87歳になっていた。
かつてわたしに襲いかかったほこりまみれの乾燥した風にかわって、甘い香りをふくんだそよ風が、あたりを柔らかくつつみこんでいた。
山のほうからは、水のせせらぎにも似た音が聞こえてきたが、それは森からそよいでくる、木々のざわめく声だった。
作者のジャン・ジオノは当時、フランスを代表する作家の一人でした。
アメリカの雑誌「リーダーズ・ダイジェスト」から、「これまで出会った、いちばん忘れがたい実在の人物について」書くように依頼を受けて書いたのが、この『木を植えた男』でした。実際には、このエルゼアール・ブフィエという人物が実在したかは定かではなかったようです。
しかし、ジャン・ジオノは、
「わたしはすべてを創作するように心がけた。ただし、実在した何らかのものを語ることによってである。なぜなら、無から創作するなど神さまにしかできないことなのだから」
と語っています。
それはつまり、多くの作家がそうであるように、モデルとなる人物が存在したということなのでしょう。
それにジャン・ジオノの体験や思いをのせて脚色して、書き上げた文学作品ということになります。
それがどの程度、実在の人物に近いかどうかは問題ではありません。
なぜなら多くのンフィクションでさえも、多かれ少なかれ作者の視点や心を通過して書き上げたものなのですから、100%その人であるわけではないからです。
そして、この作品はそれらを差し引いても、余りあるすばらしい内容を物語っているからなのです。
この農夫は、日本でいえば、あの宮沢賢治のような・・・印象を受けます。
彼はこの男について、最後にこう語っています。
ところで、たったひとりの男が、その肉体と精神のかぎりをつくして、荒れはてた地をカナンの地としてよみがえらせたことを思うとき、わたしはやはり、人間という存在のすばらしさをたたえずにはいられない。
魂の偉大さのかげにひそむ不屈の精神。
心の寛大さのかげにひそむたゆまぬ執念。
それらがあって、はじめて、すばらしい成果がもたらされる。
そのことを思うにつけても、この、神の行いにひとしい創造を成しとげた名もなく学もない老いた農夫に、かぎりない敬意をいだかずにはいられない。
作者 ジャン・ジオノ
1895年、南フランスのプロヴァンス地方マノスクに靴職人の息子として生まれる。
両親の慈愛のもとに、プロヴァンスの自然とギリシア・ラテンの古典に文学的要素を育まれながら育つ。
16歳で銀行に勤めはじめ、1914年、第一次世界大戦に出征するが、帰還後、1929年出版の「丘」が認められフランス文壇にデビュー。
以来、プロヴァンスの風土を背景に大地と人間の厳しい交流を叙事的文章でつづった。
「世界の歌」「喜びは永遠に残る」「真実の富」などの作品で文名を高めた。
第二次大戦時、徴兵拒否運動や対独協力容疑で2度投獄されたが、戦後、「気晴らしのない王様」「屋根の上の軽騎兵」などの作品が再び注目をされ、アカデミー・コンクール会員に選ばれるなどの名声を確立した。
こちらはカラーの絵本になっています。
文章はジャン・ジオノの叙事的な印象をそこなわないように、ふりがなはありますが、もとの(上記の)硬い文章のままですので、大人が読み聞かせをしたほうがいいかもしれません。
みなさん、こんにちは!
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10月ももう残り少なくなってまいりました。
今週のお題は、読書なんですね。
じゃあ、ぽちっと・・・。
今週のお題「読書の秋」
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