行きつけの本屋さんで、直木賞受賞作という黄色い帯がある本が目にとまりました。
「夜に星を放つ」というこの本は、夜をイメージした黒地にカラフルな色のイラストがファンタスティックだったので、手に取ってページをパラパラと繰ってみました。
なかには、5つの短編がありました。
🌟真夜中のアボカド
🌟銀紙色のアンタレス
🌟真珠星スピカ
🌟湿りの海
🌟星の随に(まにまに)
夜に星を放つ/窪美澄・作/文藝春秋
🌟 真夜中のアボカド
コロナ禍にリモートワークで自宅に籠りがちの日々、32歳のOL綾ちゃんは、アボカドの種を思いつきで水耕栽培をはじめます。
そんな綾ちゃんには半年位前に婚活アプリで出会った恋人の麻生さんがいて、仲が深まってきていました。綾ちゃんはこのまま交際を続けていって、いつか結婚出来たらいいなという思いがありました。
2人は夜空を見上げて双子座の話なんかをします。ロマンテックですね。そのとき、綾ちゃんには3年前に突然の病気で亡くなった双子の姉妹の弓ちゃんという妹がいたことを話しました。すると麻生さんも、綾ちゃんに何か打ち明けようとしますが、やっぱりまだ、といって黙ってしまいます。
気になりながらも、夏が過ぎ、秋がきて、やがて年が明け、アボカドもてっぺんから小さな緑色の芽が出てきたりします。
そんな日、なんと麻生さんが赤ちゃん連れの女の人と一緒に電車に乗っているのを見かけるのです。ショックを受けます。
ここまではよくある話ですが、実は綾ちゃんは、3年前に妹の弓ちゃんが亡くなったあと、弓ちゃんの婚約者だった村瀬君と時どき会っていたのです。ただそれは男女の関係ではなくて、お互いに弓ちゃんという大切な人を失った悲しみを共有する弔いのようなものでした。村瀬君は綾ちゃんのなかに、弓ちゃんの面影を見ているようでした。
麻生さんと破局をむかえたあと、綾ちゃんは村瀬君の部屋に行って荒れます。そして、村瀬君がいまだに弓ちゃんと過ごした時のままの部屋で、時が止まったように暮らしているのを見てとるのでした。
「よくないよ。こんなの。弓ちゃんはもういないんだし」
「いなくなってないよ。まだ僕のここに」
・・・・・
私は弓ちゃんになって言った。
「村瀬君、私のことはもう忘れて。自分の人生を生きて。そうじゃないと私、成仏できないよ」
麻生さんとの偽りの日々、村瀬君とはお互いの傷をなめ合っていたようなまるでぷられタリウムの星を見るような中で、この言葉で、ほんのひと欠片の本物の小さなスターダストをチラッと見たような気がしました。
🌟 銀紙色のアンタレス
16歳で水泳部、海が好きな真は夏休みに1人で海の傍に住んでいるおばあちゃんの家に行って、朝から晩まで思いっきり泳ぎまくります。
そして夕暮れに、砂浜で小さな赤ちゃんを抱っこした女の人が、悲しそうな声で歌っているのを耳にして、思わず声をかけてしまった。
その女性はおばあちゃんの隣の家にいるたえさんという女性で、夫と上手くいかずに実家に戻って自立しようとしていたのでした。
そこへ幼なじみの朝日ちゃんという子が、おばあちゃんの家に泊まりに来ます。朝日ちゃんは真が好きなので、大胆な水着を着たり浴衣を着たりして、真の気を引こうとしますが、真はたえさんのことが気になっているので、朝日ちゃんの告白にも、正直に、幼なじみだとしか答えられません。
結局、たえさんは自立することを諦めて、夫のもとへ帰る選択をすます。たえさんが帰る前の夜に、2人はカップルのデートコースとして有名な竜宮窟に行き・・・
「あそこに見える星、あれってアンタレス?」
たえさんは急に空を見上げ、指を差して言った。東の空に強く光る星が見えた。銀紙のような光を放っている。
「あぁ、……あれは、アルタイルです。わし座の。アンタレスは南のほうに見える星ですね……蠍座の、ここからだと、よく見えないけれど」
真はたえさんに告白しますが、たえさんは「ありがとう」という言葉だけを残して去っていきます。
たえさんは蠍座だという。真が「僕は獅子座です」と答えると、たえさんは、
「そう、夏の生まれね、だから」
たえさんの表情は暗くて、真にはよくわからなかったのでした。
夫が浮気ばかりで離婚して自立しようとしたけれど、それも挫折して再び夫のもとへ帰ろうとしている女性と、元気にあふれて悠々たる将来が広がっていると思われる青年との距離は、まるで獅子座と蠍座のように遠くて交わることのないように見える切ない星座のようでした。
🌟 真珠星スピカ
中学生になってから生まれ育った町にもどってきたみちるは、公立のクラスメートにいじめられるようになってしまった。その原因はみちるが心のなかでみんなを見下していたことと、みんながあこがれる先生がみちるの家の隣に住んでいて親しくされていることだった。そのためみちるは保健室登校をしていました。
そんな折に、みちるの母親が交通事故で死んでしまいます。ところが、その母親が幽霊となってみちるの目の前に現れてきます。しかも、それが見えるのはみちるだけでした。みちるは母親の幽霊に見守られながら毎日を過ごしていましたが、父親には母親の姿は見えません。物干し台の上で・・・
父さんが顎を上げて空を見上げる。
「母さんとよく言ったなあ、プラネタリウム」
・・・・
「だけど、東京の空はほんとに星が見えないな。今ならスピカが見えるはずなのに」
スピカは真珠星ともいって、母親の星座だという。それで真珠のピアスをねだられて、買ったのだが、1つなくしてしまったのだと話していた。
学校ではいじめがどんどんエスカレートしていき、屋上に連れていかれたとき、それを助けてくれたのは幽霊になった母親だった。そうして、そのために母親は消えることになってしまう。
どうもこの話は、リアリティに乏しいように思えてならなかった。これはいじめられたことのないか、むしろいじめた側からの視点のように思えてならなかった。別に幽霊が悪いというわけではなく、いじめの原因にしても、その解決にしても、安易すぎるように見えました。
私はこの話からは、どこにも本物の星を観ることは出来なかったように思いました。
🌟 湿りの海
沢渡という37歳の男性の部屋には、別れた妻の希里子が残していった『湿りの海』という絵がかかったままになっていた。希里子は幼い希穂を連れて、恋人とアメリカのアリゾナへ行ってしまったのでした。
1年経った今でも沢渡は2人のことに未練があって、合コンにも乗り気ではなかったのですが、なぜか女の子には人気があるのでした。
そんなところへ、隣の部屋にシングルマザーの船場母子が越してきます。子供はちょうど希穂と同じくらいの歳の女の子で、激しく泣く子でした。それでも会社勤めであまり家にいない沢渡には、それほどは気にならなかったのです。
やがてひょんなことから船場母子と親しくなります。女の子にねだられて、海へ車を出してやったりもしました。
沢渡はそんな船場母子に、去っていった元妻と娘の姿を重ねて疑似家族のような日々に癒しを感じていました。
そんなとき、船場さんが子供を虐待しているという騒ぎが起こります。沢渡は船場さんを信じて、手を差し伸べようとしますが、ここでも2人は元夫のもとへと去っていくのでした。
アリゾナからのPC画面ごしの娘希穂は、最近はパパではなくダディと呼ぶようになってきて、
僕だけがこの月の表面に取り残されている。
女たちは皆、僕の元を離れ、消えていく。僕の足元だけがあたたかな泥のぬかるみに浸っているのだ。
という。が、沢渡さんは何も行動をしない男なんだなと感じました。
たぶん妻と娘が去っていった原因も、そんな気がします。湿りの海について、沢渡さんはこう語っています。
けれど、なぜ、妻はこの絵が好きだったのだろう、その理由を尋ねたこともなかった。
あなたは自分以外のことにはまるで興味がないのよ。いつか、そう僕を詰った妻の言葉が耳のそばで蘇るような気がした。
切ない話だけれど、感傷に浸る前に、「会話は大事です。もっとたくさん話を聞いてあげましょう。たとえ、それに全く興味がなかったとしても」と言いたいですね。
🌟 星の随に(まにまに)
小学4年生の想(そう)君は、この春海(かい)君という弟が生まれたのですが、いまだに新しいお母さんの渚(なぎさ)さんを、頑張らないとお母さんと呼べません。それでも弟の海くんは可愛がっています。
ところが渚さんが育児ノイローゼにかかってしまい、想くんが学校から帰ってきてもチェーンをかけたままなので家に入ることができません。そんな日が毎日続いて、そのことに気づいた近所のおばあさんが家に入れて過ごさせてくれるようになりました。
そのうちにおばあさんが老人ホームに行くことになったので、今まで家に入れてもらえなかったことがお父さんに知れて、渚さんは赤ちゃんを連れて実家に行って過ごすことになるという。
想という子供は、とても健気です。そして、いつでも周りの人のことを考えながら生きているのです。小学4年生というから10歳ぐらいでしょうか。
離婚して離れて暮らす実の母親に会えるのは、3か月に1度だけです。想くんの友だちの中条君も離婚して母親と暮らしていますが、中条君はお父さんとはいつでも連絡が取れるといいます。いいなあと想君がいうと、「子どもとして当然の権利だよ」と中条君は答えます。
しかし、想君にはそんなことは出来ません。実の母親だって、塾へ行く電車からお母さんが住んでいるマンションのベランダを眺めるのが精一杯のことだった。
渚さんに疎まれても、逆に父親からかばったりします。いつか実の母親と暮らせたらという願いを胸の奥に持ちながら、ただ一つの解決策は、その願いが叶わなかったとしても大丈夫なように、もっともっと強くなりたいということなのです。
願いを叶えるために強くなるのではなく、叶わなかったときのために強くなりたいと願う子供というのは切な過ぎて悲しいですね。
こういう話をただ単に、切ないなぁと読み切ってしまうとしたら、読者はあまりにも子供過ぎるるような気がしました。
全体的な印象として、ちょっと見には本物の星のようでいながら本物でない、どこかプラネタリウムの整った星々を見たような感じがしました。
それはたぶん、どの主人公も陰の部分の描写がほとんどなく、自分物描写が美しすぎるせいかもしれません。
とてもセンチメンタルな気分に浸れました。
作者・窪美澄さん
1965年東京都生まれ。2009年「ミクマリ」で女による女のためのR-18文学賞を受賞。
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